私は何も持っていなかった。
思い出も大切な人がいたのかも何もかも覚えていなかった。
真っさらで真っ白で空虚な存在だった。
そんな私に道を与えてくれたのが師であるクジャだ。
何もないと言うならこれからつくっていけばいい。
クジャはそうからっぽの私に言ってくれた。
だから私は精一杯今を生きている。これからの未来を。
***
眠る直前のようなふわふわとした心地好い感覚がする。
でも起きないといけない気がして、沈み込もうとする意識を奮い立たせてそっと目を開けた。
そこで視界に入ってきた光景に混乱した。
まず私一人が寝るには十分すぎる大きなベット。どうやらここに寝ていたらしい。
きょろきょろと辺りを見回してみるがまったく見覚えがない部屋だ。
ええと、一体どうしてこうなったんだ。
落ち着いてまず自分が直前までしていた行動を思い返す。
確か薬が足りなくなったからコンデヤ・パタまでおつかいに出掛けたんだった。
いつものように村を出て、森の中を歩いて…。早速そこからの記憶がないぞ。
割と序盤で意識が昏倒していた事に頭を抱えたくなった。
もしかして何かしらの理由で倒れていた私を誰かが親切にも運んでくれたのだろうか。
だとしたら大変だ。きちんとお礼をしないと。
ベットから下りようと体を起こした時、ふと周りをちらつく白いものに目がとまった。
さっきまで現状把握に気を取られて気づかなかった。
ぱたぱたと周辺に飛んでるそれは小さな白い鳥のようだった。
何だろうこれ。妖精の類だろうか。
今まで読んだことのある本にはこんな生物見たことなかった。
一瞬新手の魔物だったりして、とゾッとしたが飛んでるだけで特に害はなさそうなので放置することにした。
白い鳥に気を取られている間に部屋のドアががちゃりと音を立てて開かれた。
いきなりの訪問に驚いていると、入ってきた髪の長い男の人がぱっと顔を綻ばせた。
「お!やっと起きたか!どうだ?どっか痛い所はないか?気分は?」
「は、はい。大丈夫です。」
朗らかに笑いながらぽんぽんと投げ掛けられた質問に辛うじて答える。
きらびやかな装飾を纏ったその男の人は私の答えに安堵した様子だった。
「マスルールがぐったりした君を運んできた時は驚いた。大事に至らなくてよかったよ。」
赤髪の男の人を指差して言う。
私はどうやらこの近辺の森で倒れていたらしく、ここまで運んできてくれたそうな。
まさか本当にぶっ倒れていたなんて…。
慌ててマスルール、と呼ばれた男の人を見てぺこりと頭を下げる。
「あの、その節は大変お世話になりまして。ご迷惑をおかけしました。」
「いや…。」
「それであなたはどうしてあんな所で倒れてたんですか?」
続けて銀色の髪をした男の人が問い掛ける。
私はあった出来事をそっくりそのまま話した。
するとマスルールさん以外は一様に怪訝そうな顔をされてしまった。
「それはおかしいですよ。」
「え?」
「あの周辺には確かに森があるが村なんて存在しない。
この島には我が国、シンドリア王国だけしかないからな。」
「シンドリア…?」
雲行きが怪しくなってきた。一抹の不安がさっと影を差す。
そこではたと自分が持っていた鞄の事を思い出した。
「あの、私の鞄はありませんか?」
「ああ、それならここに…。」
銀髪の人が差し出した鞄を礼を言って受け取る。
中に入っていた一冊の分厚い本を取り出した。いつも肌身離さず持ち歩いているものだ。
パラパラとページを捲り挟んでいた一枚の地図を取り、広げて見せた。
「私、ここの大陸にある村から来たんですけど。シンドリアはどの辺りになりますか?」
「…見たことない大陸ですね。」
「俺達の知っている地図とはだいぶ違っているな。それにこの書いてある文字も初めて見る。」
「そんな…」
まさかとは思ったがこの人達が嘘をついてるとは思えない。
試しにリンドブルムやアレクサンドリア等の有名な国名を言ってみたが知らないと困ったような顔をされただけだった。
文字も知らない、国は疎か大陸さえ違っているという。髪の長い男の人が真剣な顔で口を開く。
「君は一体どこから来たんだ?」
ざあっと血の気が引く音がした。
14.1.25