午前中いっぱいを魔法の修行、研究に費やして凝り固まった身体を解すようにぐぐっと伸びをする。
ついで反射的に出た欠伸を右手で隠す。

この前の遅刻は謝って許してもらえたけど、その日は遅くまで研究に勤しんだからかなり疲れた。
でもお師匠様と魔法の修行や研究をするのはとても楽しい。
たまに厳しく熱が入りすぎる所もあるけれど。
学ぶことはまだまだ尽きなくてそれはすごく嬉しいことだ。

クジャに魔法を教えてもらってた時もスパルタすぎて正直何度も心が折れそうになったけど
新しいことを吸収する楽しさや魔法の限りない可能性に気づいた時、
そして何よりうまくできた時に優しく頭を撫で褒めてくれる事が好きだった。
まあ、それもたまにだから余計にだったのかもしれない。


なんだか急に前の世界のことが懐かしくなった。
クジャのことを思い出せば、芋づる式に次々と暮らしていた村のことが出てくる。



みんな、どうしてるかな……。


少し感傷的になってぼんやりしていると急に視界が真っ暗になった。
同時に目元が暖かい何かに覆われる。


「だーれだ。」


そこでようやく手で誰かに目を隠されたのかと気がついた。
背後に誰か来たのが分からない程思考に耽っていたのかとため息をつきたくなる。


「そのもっさりした声はシャルルカンさんですね。」

「え、何。もっさりした声ってなんなの?褒めてるのけなしてんの!?」

「中間くらいですかね。」

「微妙だよ!」


ぱっと目を覆っていた両手を掴んで外せば案外簡単に離れた。
くるりと体を反転すれば、案の定シャルルカンさんが立っていた。


「冗談ですよ。」

「冗談を真顔で言わないで下さい。」

「すみません。」


両手を掴んだままでかい大人と小さい子供が真顔で敬語で話し合う。
端から見たらさぞ妙な光景だろう。


はこんなとこで何ぼーっとしてんだよ。」

「昨日お師匠様とずっと魔法の研究していたのでちょっと疲れたなー、と呆けてただけです。」

「またそんな辛気臭いことしてたのかよ。部屋に篭ってんなことばっかしてると頭にカビ生えんぞ。」

「シャルルカンさんこそまたそんな言い方して。カビなんて生えるわけないでしょう。」


言いながら私の被っているとんがり帽子をばふばふと被せたり取ったりするのを阻止する。


「そんなつまんねーことしてないでさぁ、
 たまには外で体動かそうぜ!魔法より剣術!俺が教えてやるから。」

「無理ですよ。私みたいなひよっこには剣術なんてできっこないです。」

「やる前から決めつけるのはダメだぜ。
 それにはあいつと同じ魔導師なのに剣のすばらしさが分かる貴重な人材だろ?」


肩をがしりと掴まれ言われた事に少し頭を悩ませる。
シャルルカンさんは八人将のお一人で、初めて会った時に彼は部下らしき人に剣を教えていた。
それをたまたま通りがかり見た私はその鮮やかな剣捌きにいたく感動したのだった。
流れるようになめらかに繰り出される剣術は見ていて惹かれるものがあった。
気づけば稽古が終わるまで見入っていて、終わると同時に自然と拍手をしていた。
それに気づいたシャルルカンさんが私に話し掛けてくれたので素直にすごかったやかっこいいだの拙い感想を伝えたのだ。
そうしたらシャルルカンさんはとても喜んでくれた。
剣の魅力が分かるとは子供ながらなかなかやる、とかそんな事も言われた。
で、色々話してる内に私が魔導師でヤムライハさんが師匠だと分かるや否や一気に良くない表情になったのである。
シャルルカンさんとお師匠様は仲があんまりよろしくないようで、その後はただひたすらお師匠様についての愚痴だった。
あげく魔法止めて剣士になれとか無茶苦茶言いはじめたのでなんとか適当に流してその場を逃れたのだけれども。
でも私は口では二人はああ言いながらもなんだかんだで仲がよろしいと思っているのだが。
ケンカする程なんちゃらとはよく言ったものだ。


「だいたい私にはそういったアグレッシブな事は似合わないんですから。」

「なに言ってんだよ。んなもん鍛え方次第だろー?」

「私魔法が好きですし。」

「あ、までヤムライハみたいなこと言って。差別かコノヤロー。」

「違いますよ。どっちが良い悪いなんて言ってないじゃないですか。」


素面なのにこういう絡み方をシャルルカンさんはたまにするから困る。
実際にはお酒が入ると笑い上戸になるらしいけど。

かがんで肩に腕を回されて尚も剣のすばらしさについて語っている
シャルルカンさんをどう切り抜けようかと考えていると急にぐいっと引っ張られて誰かの腕に収まった。
ああ、もしやこの気配は…。


「ちょっとアンタ、うちのかわいい弟子に何してんのよ!」


やっぱりお師匠様でした。

ちらと首を回してその表情を覗き込めば大きな目をきっと吊り上げて怒っていらっしゃいます。
美人は怒ると恐いというのは本当だとつくづく実感します。(クジャも恐かったし)


「何って別になんもしてねぇだろ!話してただけだよ!なぁ、!」

「は、はい。お師匠様、シャルルカンさんとは普通にお話してただけですよ。」


急にこちらに振られて肩がびくりと揺れた。
気をされつつもなんとか答えるとお師匠様がふんっと鼻で笑う。


「ダメよ。こんな剣術馬鹿と喋ってたら馬鹿が移っちゃうわよ。」

「誰が馬鹿だよ!お前こそ魔法馬鹿で一日中魔法漬けでがかわいそうだろ。」

「何がかわいそうよ失礼ね!は私と魔法を学ぶのが好きなの!ね、?」

「えっ。もちろんです。お師匠様から教わる事が多くていつも楽しいですよ!」


今度はお師匠様から急に振られてまたもや圧されつつ受け答えをする。
お師匠様はドヤ顔で「ほら今の聞いた?」と得意げですがシャルルカンさんめっちゃムッとしてますよ。


だって俺と剣の修業すれば楽しさが分かるはずさ!きっと魔法なんかより好きになるって!」

「そうでしょうか……?」


ぐいっとシャルルカンさんに引っ張り込まれてそう言われたものの気迫がすごくてなんとも曖昧な返事しかできない。


「バカな事言わないでちょうだい!が剣の修業なんてやるわけないでしょ!楽しいなんて思えないわ。」

「やってみなきゃわかんねぇだろ!」

「やらなくてもわかるわよ!」


右腕をお師匠様に左腕をシャルルカンさんに掴まれて頭の上でぎゃあぎゃあ言い争う二人。
間に挟まれどうすることも出来ずに早く収まらないかな、と心の中で願ってみる。
ケンカし始めると長いもんなぁ。
あ、痛。お師匠様シャルルカンさん二人して腕引っ張らないで下さい。


「お師匠様、腕が…」

「ぜったい魔法よ!」

「シャルルカンさんちょっと力が強……」

「いいや剣だ!」

「あの…二人とも……」


分かってはいたけど二人して全く聞いちゃくれない。
ヒートアップしたら周囲のことなんか目に入らないんだから。
初めはおろおろしていたが、次第に諦めの境地に差し掛かった頃、後ろから気配を感じたと思えばふわっと体が持ち上がった。
両側からの引っ張りも同時に消えて、何事かと振り返ればマスルールさんが私を抱き抱えてくれていた。
じゃあお師匠様達はと目を向ければ頭を抱えて踞っていて、
傍らにいたジャーファルさんが両手を翳していたので彼が手を出したのかと納得した。


「ジャーファルさん!酷いッスよ!いきなり何すんですか!」

「酷いのはどちらですか!が引っ張られて痛がっているでしょう!」


ジャーファルさんの言葉に二人ははっとして私を見上げると(普段見上げられることがないから新鮮だ)慌てて謝ってきた。
それを皮切りにジャーファルさんが二人を正座させてきりきりとお説教を始めた。
その様子に少しかわいそうだと思うと同時にふいに昔のことを思い出した。
あれはクジャの言い付けを守らずに勝手に魔法の道具に触ってしまった時だ。
目の前の二人のように正座して厳しくお説教されたっけ。

あ、これはまずい。

胸の奥がぎゅっと絞られるような感覚がして思わず、胸辺りのシャツを掴んだ。


?」


いつの間にかお説教を終わらせたのかジャーファルさんが心配そうにこちらを見ていた。
ダメだ、心配かけてしまってはいけない。
はっとして「何でもないです」と笑ってみせた。
ジャーファルさんは不思議そうに首を傾げていたけど、私はこの胸の内を悟られないように必死だった。
今にも涙が出てきてしまいそうで、緩みそうになる涙腺をしっかり引き締めた。


「どうした?腕やっぱ痛かったか?」

「アンタがぐいぐい力任せに引っ張るから!はか弱いのよ!」

「お前だって目一杯引っ張ってただろうが!」


ぎゃんぎゃんとまたケンカが再開されてしまって、ジャーファルさんの怒号が二人に飛んだ。
どうやら腕が痛くてしんみりしているとシャルルカンさんが勘違いしてくれたようだ。
助かったとほっとしてると、マスルールさんが抱えている方と違う手でぽんぽんと背中をあやすように叩かれた。
見上げればあの特徴的な目と合った。
無表情ながらも気づかってくれた事に感謝してありがとうございますと笑う。
引き締めた筈の涙腺がまた緩みそうになって、ぎゅっとマスルールさんの服を掴んだ。











14.2.22