エジプトに着いてから新たに仲間に加わった犬のスタンド使いイギー。
彼はとても賢いがゆえに誰にもなつかず、人を見下している節さえある。
だから仲間内でもふらりとどこかへいってしまったり
髪の毛にかぶりついたり(主にポルナレフが被害にあっている)とにかく酷いものである。

そんな小憎らしい態度でも果敢にコミュニケーションを測る者がいた。春助とだ。


「イギー!今日もかわいいなー!抱っこさせて!」


春助がイギーの姿を見るや、わっと抱きしめようとしたのだが当然拒否された。
春助の顔面をうまい具合にその四肢で踏みつけてぴょんと飛び降りた。


「痛っ!手厳しい!」

「春助はさあ、がっつきすぎるからいけないんだよ。ほらイギーおいでー」

だって物で釣って打算的だろ!」


はコーヒーガムをちらつかせておいでおいでと手招きしている。
イギーはすぐさまガムを奪って、その場でくちゃくちゃと音を立てて噛み出した。
はその隣にしゃがみこみ背中を静かに撫でている。


「よしよし。イギーは毛並みつるつるだね」

「あー、ずるいぞおれだって触りたいのに」


春助がイギーに触れようとしたら右手で器用にぱちんとその手を振り払った。


「なんでだよ!」

「私はガムあげたからねー。等価交換だよ」


ずるいだのなんだのぎゃあぎゃあ言う春助とを見て、ポルナレフは相変わらず懲りもせずよくやるなあと思っていた。

二人は無類の犬好きらしい。
道中で飼い犬だったり野良犬であったり、いろいろな犬が歩いているのを見ては目を輝かせて交流を図ろうとする。
それも向こうがうなり声を上げて威嚇しようとお構いなしに
大丈夫だからなんだと言いながら触れに行こうとするのでその度にポルナレフやアヴドゥルが止めに入っていた。
野良犬はどんな病気を持っているか分からないから迂闊に近寄ってはいけない、警戒心が強いから触ることはできないと
アヴドゥルとジョセフからくどくどと説教されるのは最早見慣れた光景である。

ガムを食べ終わったイギーがさあもうおしまいだと言わんばかりに背を撫で付けていたからするりと抜けだした。


「あ!もう終わり!?あともうちょっと、ちょっとだけ延長で!」


悲痛な叫びを知ったことかとイギーはスタスタ歩いていってしまう。
その様子はまるでキャバクラで延長を頼むおじさんのようである。


「お前らほんと好きだよな犬」

「だってかわいいし」

「イギーはかわいい上にスタンドまで使えるし」


ポルナレフは初めてイギーと出会った時の事を思い出す。
自分といえばイギーに髪の毛を喰い散らかされて、屁までかまされて散々な初対面だったが
この二人ときたら犬がスタンド使いなんてすごい!しかもかわいい!と終始興奮していた。
ザ・フールのスタンドを見た時もかっこいいだのロボットみたいだのトランスフォーマーだの騒ぎまくっていた。


「スタンド使いって所はあれだけどよお、かわいいっつうのは理解しかねるぜ」

「そうかなー」

「ポルナレフは見る目がないんだよ」


そうだそうだと頷きあう双子にポルナレフはどこがだと反論したくなったが、この犬バカ達は何を言っても無駄だろうと諦めた。






*****







「あれ、イギーどこ行くの?」



出た。
ジョースター一行が泊まっていたホテルからイギーが外に出た所で、どこからともなくひょっこりと双子が姿を現した。
それを視界に映してイギーは先の「また出やがった」と思ったのである。

この二人はやたらと自分に構ってくる。
こっちは勝手にエジプトに連れてこられて不満で馴れ合う気なんてさらさらないというのに
そんなことお構いなしに親しくしようとしてくるのだ。
いくら態度を悪くしても効果は無いし、しつこくあれこれやってくるのでもうイギーは無視することにしていた。


「散歩でも行くのか?」

「じゃあ私たちもいっしょに行こう」


いやいや着いてくんなよ!と言葉を話せたらイギーはツッコミたいと心底思った。
歩くイギーの両脇を二人も悠然と足を進めている。
走って撒いてもいいのだが余計な体力を使いたくないし
何よりこの二人は妙に勘が鋭いのですぐにまたばったり会ってしまいそうで嫌だ。
イギーはそこまで考えてここはもう放っておこうと決め、彼らの言うとおり散歩をすることにした。





街の方々を歩きまわり、屋台や出店を見たりしているうちにイギーは腹が減ってきたなと思っていた。
すると二人も同じことを思っていたのか「なんか小腹空いてきたな」とこぼしている。


「夕飯前だけどちょっと食べちゃおうか」

「そうだな。あ、そこのやつうまそう」


そうと決まれば二人はすぐ近くにあった店に行った。イギーは遠目にその様子を見ている。
しばらくして何やら包みを持って二人は帰ってきた。中からとてもいい匂いがしている。


「冷めないうちに食べよう」


傍の川原に三人は並んで座ると包みを開ける。鶏のケバブのようだ。


「ほら、イギーもどうぞ」


と春助が半分ずつケバブをイギーに分けてくれた。
自分が腹を空かせていたのに気づいていたのかと少し驚いたが、すぐにそれをパクリと取って食べ始める。
その様子を見て二人は楽しそうに笑う。
いただきます、と声を揃えて言ってから二人もケバブにかぶりついた。




食べ終わってから特に散歩を再開するわけでもなく二人と一匹はぼうっとしていた。


「あれ、もうこんな時間だ」

「本当だ。夕方になんの早いなー」


気づけば日は傾いていて、夕日を中心に濃いオレンジ色のグラデーションが空を鮮やかに染め上げていた。
それを正直にイギーはきれいだと感じていたら、両脇に座っていたと春助も同じく夕焼けに感動していたらしい。


「イギー、きれいだね」


二人はにっこりと笑ってイギーにそう言った。
何が楽しいのかこの二人はイギーにいつもにこにこと笑いかけるのか分からなかった。
だけどこういうどうでもいいような少しの事を共感できるというのは悪くないかもしれないと思った。
決して態度には出してやらないが。


「そろそろ帰らないとまたみんなに叱られるな」

「だね。早くホテルに戻ろう」


立ち上がり元いた道を歩き出す。
二人と一匹の距離はその時ほんのちょっと近くなっていたのかもしれない。









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16.2.27