「酒盛りをしよう!」
最初に言い出したのは誰だったか。
騒ぐのが大好きな春助だった気がするが、もいっしょになってそう言っていたように思える。
テーブルには大量の空き缶に、まだ少し中身の残っているワインやウイスキーの瓶。
そしてそこらに転がっている双子に机に突っ伏している承太郎。
なんだこの混沌とした空間は。
自分以外沈みきっている静かな部屋の中で花京院は一人重いため息を吐き出したのだった。
*****
事の始まりは承太郎が久しぶりにアメリカから帰ってくるという知らせからだった。
承太郎がアメリカの大学に渡ってからというものの
かなりの頻度で日本には帰ってきていたがここしばらくはとんと顔を見せてなかったのだ。
なので、帰ってくると知らせを聞いた花京院と双子たちは当然のように会う約束を取りつけた。
そもそも彼が日本に帰る時は両親と友人である花京院たちに会いに来るというのが専らの目的だった。
当日3人はあれやこれやと買い出しをして、空条家にお邪魔した。
有り余るほどの酒やらつまみやらが入った袋を見て
承太郎は多すぎやしないかとつっこんだのだが、花京院は一応止めたが聞かなかったと呆れていた。
「承太郎久しぶり!」
「いえーい久しぶりー!」
パンパンの袋を抱えたままと春助が両手を広げて抱きつこうとするも
即座にスタープラチナを出してその手で双子の頭をぎゅうと押さえつけた。
「さ、さすが承太郎。光を超える速さだぜ…」
「そんな拒否らなくてもいいのに」
「うるせえ、暑苦しい」
ぶうぶうと文句を言う二人を花京院が取りなして、承太郎の部屋へと案内される。
承太郎がいなくなった今でもいつもホリィがきれいに掃除をしてくれているため、ここは常にきれいなままである。
最も承太郎自身も整理整頓ができるタイプであるのか、あまり普段から散らかっているのを彼らは見たことがないのだが。
途中グラスやらお皿やらを持ってきてくれたホリィと挨拶兼談笑を交わして
承太郎に追い払われてから双子はいそいそとテーブルに買ってきた品物を並べた。
改めてその多さに承太郎はやれやれだといつもの言葉をこぼす。
「一体どれだけ飲むつもりなんだ。酒屋か」
「4人なら多くないって。足りないかもしれないぜ」
「そうだよ。承太郎も典明もけっこう強いし」
「僕は普通だよ。春助ともそんなに強いほうじゃあないだろう」
「そうかなあ」
同時にそう答えた二人だが、それほど飲めないというのは事実である。
彼らはお酒の席が好きなわりに強くはない。
一度20歳を迎えてから、お酒が解禁されたからという理由で
どれくらい自分たちは飲めるのだろうかという実験をしたことがあった。
結果べろんべろんになり、挙げ句次の日は酷い二日酔いで地獄の苦しみを二人同時に味わうことになったのだ。
その際それを介抱したのは花京院である。彼としてはかなりいい迷惑だ。
でも缶ビール1本の差で春助に勝ったとは意気揚々と語っていたが
それで潰れていては世話ないと花京院は二人を怒ったのだが。
「あれから無茶な飲み方はしてないだろうな」
「してないしてない。流石にアレは堪えたからなぁ」
「そうそう。だから心置無く羽目を外すのは承太郎と典明と飲む時だけって決めてるの」
ぐっと拳を握って二人で力説してるが、あまり反省はしていないらしい。
まあ他所で泥酔状態になられてしまうよりはマシだと花京院は思ったが
あの時の事を思い出すとちょっと嫌かもしれないと考えた。
「それじゃ、乾杯しよう」
「何に乾杯するんだ」
「えーと、とりあえずまだ無事に生きてます記念?」
「嫌な言い方は止めろ」
「まあなんでもいいか、かんぱーい!」
ぐだぐだで始まった宴会はお互いの近況話からSPW財団での仕事の話など
まじめなものからくだらない話まで尽きることはなかった。
そうこうしているうちにお酒はすすむばかりで、しまいには花京院を除く3人で誰が一番強いか勝負を始めてしまった。
「ちょっと3人共飲みすぎじゃあないか」
「全ッ然!まだ飲み足りないくらいだからぁ」
「そうだよー、このくらいへーきへーき」
「もう呂律が怪しくなってるぞ酔っぱらい」
「まあだ酔ってないもん!」
双子がシンクロして言うがはともかく春助は語尾にもんとかつけても全く可愛くないと花京院は思った。
ぎゃいぎゃい騒ぐ二人と違って、承太郎は静かにグラスを傾けているがその目はかなり据わっていた。
あ、こっちもそろそろヤバそうだと察する。
「ほら、承太郎もけっこうきてるんじゃあないか」
「そこの二人とは違うぜ。まだ余裕だ」
「ライターと箸置きを取り違えているのにかい」
承太郎が先ほどから火をつけようとしているのはライターではなく箸置きである。たしかに形は長方形だが。
それを見た二人はゲラゲラと笑い転げる。
普段の承太郎からは考えられない行動なので、おもしろいのはおもしろいので仕方がないが。
今の二人は酔いのせいでそれこそ箸が転がっても笑うだろう。
「承太郎それはねえよ!ない!おもしろいからいいけどさあ!」
「はい、ライター」
「ああ」
ばしばしとテーブルを叩きながらまだ笑う春助。
は一足先に笑いがひいたのかライターを点火してそのまま承太郎に差し出す。
しかしまだ口元は笑っており、目尻には涙がたまっていた。
承太郎はその火にくわえた煙草を近づけて灯した。
花京院の注意なんて聞こえていないかのように騒ぐ(主に双子が)彼らを見て
最後に「明日死にそうになっても知らないぞ」とだけ伝え、花京院はそこから自分だけは潰れないよう節制しながら飲みすすめた。
*****
そして、事態は冒頭に戻る。
やはりこうなったか。結果は分かりきっていたことでそれを放置したのは自分だ。
後片付けや面倒を見るためにお酒の量を抑えてはいたのだが、実際この惨状を目の前にするとやる気が削げる。
先程もついたため息をもう一度はいてから花京院はこの現状をどうするか考えた。
そして少しの思案の後、とりあえずは片付けが先だろうと結論を出して、ごみ袋に散らかったごみを放っていく。
空き缶、空き瓶、つまみやお菓子の袋。
それらを分別してひとまとめにして、最後に承太郎が突っ伏しているテーブルを彼を避けて布巾で拭けば粗方片付けは終了した。
きれいになった部屋を見渡して、よし、と満足する。
あとはこの転がっているものたちをどうするかだ。
立ったまま顎に手を当てて、春助と承太郎はこのままでいいかと考えた。
自分とさして変わらない体躯の春助にやたら大きい承太郎を運ぶのは、飲んだ後の気だるい体にはきついからだ。まあ男だと言うのもある。
はちゃんと布団に寝かせてやろうと、押し入れから布団を引っ張り出して空いたスペースに敷いてやる。
簡単に整えてから春助の腹を枕にして寝ているの元へと歩み寄る。
「、起きろ。ちゃんと布団で寝るんだ」
「んー…」
肩を揺すって起こそうと試みるも唸り声をかすかにもらすだけで一向に起きる気配がない。
これも花京院は想定していたので仕方ないとの背中と膝の裏に手を回して抱き上げた。
それでもは全く目覚めることもなく、少し身動ぎをしただけだ。
こんな無防備で大丈夫なのだろうかと花京院は心配になる。
布団まで運んで慎重に彼女を寝かせ、上掛けをかけてやろうとした。
しかし突然の腕が伸びたかと思うと、花京院の首にぐるりと回った。
「うわっ」
そのまま強い力で引き寄せられる。
予想だにしないことになすがまま引っ張られた方向に倒れた。
軽い衝撃に少しの間閉じていた目を開ければ、最初に飛び込んできたのはの顔であった。
近すぎるその距離に思わず声をあげそうになったのを喉の奥で留めた。
急速に回転した脳内がやっとのことで答えを導きだす。
に引き倒されて抱き枕よろしく抱え込まれているということだ。
いくら女だと言えど酔っ払い。油断したと引き離そうとするもなかなかこれが力強い。
「、ちょっと離してくれ…っ」
抱き寄せられているだけでもあれなのに、の胸の位置に頭をちょうど抱えられる形になっているのでかなりいろいろとまずい。
おまけにからふわりと花のようなあまいかおりがする。
彼女は香水の類いをつけないからたぶんこれはシャンプーのかおりだろうとぼんやり頭の隅で考えた。
そこではっとしてこれはいけないと、花京院はなんとかその腕を剥がして体を起こすことに成功した。
とりあえずうまれた距離にほっと息をついてその場から離れようとすれば左の袖をぐっと引っ張られる感覚がする。
おそるおそる隣を見ればが眠ったまま花京院のシャツの袖をしっかりと握りしめていた。
「―」
無駄だと分かっていても彼女の名前を呼び、その指をそうっと解こうとするも、案外かたく握られたそれはほどけそうになかった。
困ったな、と再度訪れた密かな危機に考えを巡らせようとして、すやすやと穏やかに眠るの顔がふと目についた。
そこで花京院はふいにあのエジプトでの旅の事を思い出した。
そういえば列車や車の中でよくこのあどけない寝顔を見た。
なかなかに大変でつらい旅の最中でもその気のゆるんだ表情を見れば、不思議と落ち着くような凪ぐような気持ちになったものだ。
それはきっと今でも変わらない。
急に力が抜けたようで、花京院はの隣にぽすりと寝転がった。
あれこれ考えて疲れていたのとアルコールがまわったこと、それからどうでもよくなったのもある。
先程より随分と落ち着いた気持ちで改めて近いなと思いながら、の髪の毛をすいてやった。
相変わらず身動ぐだけで起きないのだが、少し表情が笑っている。
それを見て花京院も口角がゆるく上がるのを感じた。
そのままゆっくり頭を撫でていたら、花京院も次第に眠気がやってきた。
もうこのまま寝てしまおう。
瞼を閉じてしまえば嘘のようにあっさりと眠ってしまった。
*****
―朝、起きたら目の前に典明がいた。
大声で叫び出しそうになったのを必死で堪えて…いや、ちょっとだけひえって変な声が出た。
でも花京院は眠ったままだ。セーフだ。
落ち着け、落ち着くんだ。
とりあえず昨日のことを思い出すんだ!
確か昨日は承太郎の家で飲み会をやって、どんちゃん騒ぎで(主に私と春助が騒いで)楽しかった。
そうそう、この部屋も承太郎の部屋だし大丈夫何もおかしくないぞ。
それでいつもよりお酒がすすんで、それで……。
おかしい、早くも記憶が無くなっている。なぜだ。どうしてだ。
答えはお酒を飲み過ぎたというのが正解なのだけれど、問題はなぜ典明がいっしょに寝ているのかということだ。
寝たまま悶々と考えていたのだけど現状を確認するために隣の彼を起こさないように慎重に起き上がった。
とりあえず服はお互い着ていた。よかった…。
まさか人の家でしかも酔ったあげく私が典明に襲いかかったなんて大事故がなくて心底安心した。
そんなことがあっては承太郎にもオラオラされたあげく典明にはエメラルドスプラッシュで殺されかねない。春助にも矛で三段突きされる。
辺りを見回してようやく状況が掴めてきた。
酔いつぶれた私を典明が布団を敷いて寝かせてくれたのだ。
確か彼だけはセーブして飲んでたような気がする。
そして典明も酔いがまわってそのまま寝てしまったんだな。
彼の人柄を考えたらすぐに分かることである。
申し訳ないことをしてしまったなあ。特に前科があるだけに。
一人罪悪感に浸っていたら隣から呻き声と布が擦れる音が聞こえた。
「ん……、起きたのか?」
掠れた声になんだかどきりとする。
気だるそうに典明が起き上がった。
「お、おはようございます」
「おはよう…」
つい声が詰まってしまった。
ど、どうしよう。とりあえず謝るしかないよね。
何もなかったにしても迷惑かけてるし。
「昨日はごめんね。酔い潰れた私を寝かせてくれたんでしょ?」
「え、ああ、うん。何回起こそうとしても起きないから」
「それで…その、私なんか変なことしなかった?」
「変な― 昨日のこと覚えてないのか」
「それが途中からさっぱり…って、やっぱり私なんかやらかしてるの!?」
思わずがしりと典明の腕にしがみついてしまい、落ち着きなさいと諭された。
だってその言い方じゃ絶対私何かやっている。
「別に特別おかしなことはしてないよ」
「本当…?」
「寝かせた後に離れようとしたら抱きついてきて離してくれなかったり
なんとか抜け出したと思ったら今度は袖を掴んだままだったからそのまま僕も隣で寝たんだよ」
「うわああ!やっぱりやらかしてた!!本当すいませんでした!」
典明から爆弾発言が飛び出して、私はスタープラチナのように素早くきっちり正確に土下座した。
恥ずかしすぎるうえに記憶が無くなるまで飲んで人に迷惑かけるなんてとんでもないことだ。
「いや、もうその…なんというかごめんなさい。
布団に寝かせてくれただけじゃなくて、セクハラ紛いの行いまで……」
「確かにめんどくさいとは思ったけど、全然気にしてないからもういいさ」
仏か、いや神か…。
なんていいやつなんだろうと典明の懐の深さに感動した。
前回も兄妹もろともお世話になっただけに余計である。
典明は心を許した人には優しいな、あたりきつかったり厳しい時も多々あるけども。
「ああ、でも僕以外の人には無防備に酔い潰れるなんてことしないでくれよ」
「うん。わかった。さすがにお酒は程々にするよ」
「わかればよろしい」
くしゃくしゃと小さな子にするように頭を撫でられ、典明は「承太郎たちを起こさないと」と立ち上がって行ってしまった。
あれ、そういえばさっきの言葉、僕以外ってどういうことだろう。
こんな醜態他人には晒すなよって釘を指されたのかな。
考えようとしたが先程の事ですっかり忘れていたけど、私はひどい二日酔いなのであった。
割れそうな痛みが襲ってきて、その場に蹲る。
ガンガン痛む頭を抱えて、二度とこんな飲み方はしないと誓ったのだった。
シーラカンスの調教師
16.11.12