街の店が列なった内の一角。
ムツに案内された酒場はごく普通のどこにでもありそうな所だった。



「ただいま、リトさん!」



ドアを開けて入るとカウンターに女の人が立っていた。どうやらこの店の人らしい。



「あら、お帰りなさいムツ。そちらの方達は?」

「そうそう!聞いてよリトさん!この人達あの麦わらの海賊団の人なんだ!」

「じゃあムツの探してた女の子がいるっていう……。」

「そうだよ!でも今はちょっと用事でいないみたいだけど会わせてくれるんだって。」

「そうかい、そりゃあよかったね。
あなた達もどうもありがとう。この子に付き合ってくれて。」

「いえ、私達は何も。」

「おばちゃん!おれ腹減ってんだ、何か食わしてくれよ!」

「あんたはちょっと空気読みなさいよ!」

「あはは、いいんだよ。待ってな今すぐ作ってくるからさ。適当に座っててちょうだい。」



リトさんは明るく笑い飛ばすとカウンターの奥に引っ込んでいった。
ムツにテーブルへと案内されて皆で席についた。







*****








出された料理を全て(主にルフィが)あっという間に平らげた。
どれも美味しくてその旨をリトさんに伝えれば嬉しそうにまた豪快に笑った。
食後のお茶を飲んでいたら、ナミがそういえばとムツの顔を見ながら切り出した。



「あのが命の恩人て話聞いてもいいかしら。あ、勿論ムツがよければなんだけど。」

「おー、それおれも気になってたんだよなあ。」

「……さんから過去のこととか何してたとか聞きませんでしたか?」

「そうだなー、そういう話はあんまりしなかったな。」

「私達の所に来るまでは海賊船を襲ったりして生計立てながら旅してたって事は聞いたけど。」

「そうですか。じゃあさんはあの事は何も……。」

「あの事?」



そう言うとムツは俯いて暫く何か考えるようにしていたが、がばっと顔を上げるとおれ達の顔を一人一人見渡した。



「僕から話すのもどうかと思いますが、さんの為にも・・・・・・。
 そしてきっと皆さんにも知っておいてほしいことだと思います。今から話す事、拙い話ですが聞いて下さい。」



真剣な面持ちに辺りの空気も一変して、おれ達が頷いたのを確認するとムツはぽつりぽつりと語りはじめた。










*****












それは僕がまだ5歳のころです。
両親と船で旅をしていた時、船が難破して僕は荒波に飲み込まれて見知らぬ島に流されてしまいました。
流れ着いたその島には大きな研究所があり、島の大部分は研究施設が占めていました。

僕はその研究所の人に連れていかれ、訳も分からぬまま人体実験用の被験者として檻に閉じ込められました。
檻は一部屋丸ごとあって中には僕以外にも沢山の被験者達が詰め込まれていました。大人も子供も男女問わずそこに閉じ込められて。
両親を失い、遭難した挙げ句このような施設に閉じ込められ、実験体として扱われるなどとあまりにも事が急すぎて頭が混乱しました。
それにこの先自分が受けるであろう得体の知れない実験に恐怖と絶望がこみあげて、檻の隅に縮こまってわんわん泣いていました。

そんな時でした。

僕の目の前に誰か立つ気配がして顔を上げると、一人の女の子が立っていました。



「あらま、どうしたん君。今日新しく連れて来られた子か?」




―それが僕とさんの出会いでした。


さんは笑うと僕の隣に腰掛けると話をしてくれました。
自分は僕より2つ年上で、半年程前村の紛争で両親を亡くし村はもう無くなった、その時ここの人に捕まって研究所に連れてこられたと。
僕も自分の事を話しました。時折涙で声が詰まってもさんはゆっくり頭を撫で聞いてくれたのです。



「そうか、それは大変やった・・・なんて言葉で済む事やないけど・・・。でもムツと私、なんか境遇似てるよなあ。」



にこりと微笑むとまた僕の頭を撫でて、今度はさんは真剣な顔つきに変わって今度はこの研究所の話をしてくれました。
ここはガラク博士という奴の研究所で、彼は命令に忠実でより強い人間兵器を造り売りさばく為に研究、人体実験をしていたのです。
博士は人体を強化し体を特殊な物へ変形できる細胞を開発しました。
その細胞を人体に組み込み、通常の人では考えられないような身体能力を与え、強い人間を造る。
それが大まかな目的ですが、誰もがその細胞を受けて強くなれるわけじゃありません。

難しいものなのか滅多に細胞を受け入れ兵器として使えそうな人はいませんでした。
大抵はその実験後、三日三晩続く激痛や苦しみに耐えかね死んだり、
はたまた無事乗り越えても細胞がちゃんと機能せずに使えないことも多々ありました。
効果が現れなかった被験者は違う実験に使用されるか、上手く細胞と融合できた成功者の更なる実験に使われるかのどっちかでした。
どちらにせよこの研究所に入れられた瞬間、その時からもう絶望しか残っていなかったのです。希望なんてありません。

さんは僕より先に此処へ来ていたので、既に細胞が組み込まれていました。
皆さんはもう実際に目の当たりにしてご存知でしょうが、さんは超人的な能力を手に入れた成功者でした。
年齢と普通の身体では考えられない肉体の強化と身体を刃物に変形させたり、刃物を生やしたりできるのはそのためなのです。

さん達成功者は数が少ないが故、珍重され更に何度も実験を繰り返されていました。
何をされていたか詳しくはわかりません。
たださんはいつも笑っていました。
泣いて悲観ばかりする僕にいつもにこにこ笑ってこう言うのです。



「ムツ、そんな辛気臭い顔ばっかしてたらあかんよ。笑顔でおらな。
 いつも笑ってたらほんまにええことが起こるんやって、
 福がようさん舞い込むんやってお母さんがいっつも言うてた。
 だからどんだけ辛くともいつか幸せは訪れるって。私もそう信じてるから。」



そう言っていつも僕を励ましてくれました。
毎日が不安で怖くてたまらないのを少しでも和らげてくれようと必死に支えてくれたのです。
周りからは毎日泣き叫ぶ声や悲鳴、狂って暴れ回る人、
そんな地獄のような環境なのにさんと話をしたり傍にいてくれる時は不思議と落ち着いて周りのことも忘れられました。
きっとそれはさんが変わらずその明るい笑顔を絶やさなかったからでしょう。

でも僕は知っていました。

夜中に僕が寝静まった後、声を殺して泣いていたのを。
副作用からくる激しい痛みや苦しみが襲って、涙と呻き声を僕に聞かせないよういつも夜中に隠れて吐き出していました。
さんは僕に余計な心配や不安を抱かせないように気を使っていたのでしょう。
こんな状況で他人を気にしている場合じゃないというのに。


それから暫くして僕も細胞を組み込む実験が行われました。
他の被験者同様に死ぬような苦しみが三日続き、何とか乗り越えた後再び色んな検査がなされました。
しかし僕には何の効果や反応がありませんでした。不適合、つまり失敗したのでした。
これで僕の運命は後は何か他の薬や生物実験に使われるか、成功者の能力テストという名の殺戮に駆り出されるか。
どちらにせよ死ぬというのは確定でした。もし生きていたとしてもそれはもう僕じゃない意思無き化け物となってたでしょうが。

さんも今までより更に実験、能力テストが激しく行われて檻に帰ってくる事が少なくなりました。
たまにふらりと研究員に引きずられるようにして帰ってきても、僕の顔を見たその瞬間は笑っても、目は虚ろで意識は何処か違う場所にあるようでした。
身体には無数の傷や注射跡があり、時折血のにおいを纏っていることもありました。
夜中になってから一人隅で啜り泣きながら自分の手の平をじっと見つめて、ごめんなさいごめんなさい、と謝っていました。
それはさんが能力テストとして殺してしまった人に謝っていたのでしょう。僕には決して言いませんでしたが。


そんな苦しい地獄のような日々が続き、いつの間にかさんは9歳、僕は7歳になっていました。
僕は失敗作となってからまだ生かされていましたが、次々と檻から連れ出されていく同じ被験者を見て、
あちこちから聞こえてくる悲鳴や叫びを耳にして、いつ自分の番がくるのかと震えていました。
最も2年近く経ったあの時はもう感覚も麻痺して半ば諦めに似た気持ちでいましたが。

ある日ついに僕もその時が来ました。研究員に引っ張られ檻から出されました。
さんは朝からおらず、お別れを言いたかったのですが仕方ないと諦めました。
数多ある実験室の中の一部屋に押し込まれ暫く待っていろと言われました。
実験室は透明な強化ガラスで2つに区切られていて、その片方では沢山の機械と数人の研究員がおりました。
僕のいる側は広い空間で何もありませんでしたが、至るところに血の跡がこびりついていました。
こういった所でテストが行われていたのか、とぼんやり考えていると右隅にある唯一2つの空間を行き来する扉が開きました。
僕を実験と称して処刑する成功者が来たのか。俯いていた顔を上げて驚愕しました。



「ムツ……?」

さん……!」



そこに立っていたのは紛れも無いさんでした。
研究員が連れて来たのはよりによってさんだったのです。
さんは目を真ん丸にして驚いていました。僅かに手が震えているように見えました。
僕とさんは向かい合わせに立ちました。距離はそれ程遠くはありません。
ガラスの向こう側から、始め、と誰かが叫びました。



「まさかムツが相手やなんて思わんかった……。」

「僕もさんが来るとは思いませんでした。
 でも仕方ないです、これもきっと何かの縁なのかもしれません。」

「でも…でも嫌や、こんな…!」

「いずれは!・・・・・・いずれは死ぬか化け物になるかの定めなんです!
 さんは辛いかもしれませんが、相手がさんでよかったかもしれません。」

「ムツ……。」

「せめて、一瞬で早くお願いしますね……!」

「……!」



さんはぐっと下唇を噛み締めて俯きました。
ガラスの向こうでは研究員が訝しげな顔をしてこちらを伺っています。



「おい!何をぼさっとしている。早く始めろ!」



研究員の怒鳴り声が響き渡ります。
さんは腹を括ったのかばっと顔を上げるとこちらを見て弱々しく笑いました。



「……やっぱあかんわムツ。私には無理や。」

「え…?」



言うや否やさんは電光石火の如く飛び出して、強化ガラスをいとも簡単に切り捨てました。
そのまま有無を言わさずあわてふためく研究員を全員切り付けました。
ばたばたとあっという間に研究員は倒れ伏していきます。



「何やってんねんムツ!はよ逃げるで!」

「え、あ……!」



さんは僕の手を取ると走り出しました。
背後からは研究員が脱走だ!と叫び散らす声が聞こえます。
部屋を出て廊下を走り途中出くわした武装した研究員達を薙ぎ倒しながら、必死に無我夢中で走りました。
やっとの思いで施設から飛び出し、島の端にある海岸へと逃げてきました。
さんはそこら辺に転がっていた樽を2つ持ってくると片方を海に浮かべました。



「ムツこれに入って!」

「え、でも…。」

「悩んでる暇はないで!こんなんで無事にどっかの島に着くか分からんけどあのままあそこにおってもどっちにしろ死ぬ!」

「!」

「ならちょっとは賭けてみてもええやろ?大丈夫や、きっと上手くいく。」

さんは!?」

「私もムツ流したらすぐに行く。こんなとこで出会ってなんやけどムツに会えてほんまよかったわ。」

「ぼ、僕もです…!さん、あの、いろいろと本当にありがとうございました!」

「あはは、礼言うんなら無事に岸にたどり着いてからにしいや。まあここでお別れになるんやけどな。」

「…はい。」

「じゃあなムツ、達者でな!今度は幸せに暮らすんやで。私祈っとるから。」

「はい、…ざんもお、お元気で…!」

「うはは、男が泣くな泣くな。鼻水出とるよ。」



ごしごしとさんが裾で拭ってくれて、満足そうに笑うと樽の蓋を持ち上げた。
遠くの方から追っ手の声が聞こえる。



「…っ!のんびりしてる場合やなかったな。じゃあムツ、またな。元気で。」

さんもお気をつけて。またいつか……必ず会いましょう!」



さんは一瞬目を丸くした後、嬉しそうに笑って最後にもう一度またな、と言うと蓋を閉めて海に流されました。















*****













「……その後僕はこの島にたどり着いて、リトさんに拾われたのです。
 これが僕とさんの過去、そして命を救われたと言う理由です。あの、長々とすみませんでした。」



ことり、とムツが茶の入ったマグカップを置く音が響いた。
皆一様に驚き静けさが辺りを包んだ。各々の表情には様々な感情が入り混じっているように見えた。



「……まさかにそんなことがあったなんて。」

「でもそれを聞いてが小さいのに強いのと、
 悪魔の実の能力者でないのに変わった体質なのも納得がいくな。」

「大変だったんだなも……。」



皆それぞれ過去に色々あったとは思うが、にそんな壮絶な過去があったとは思わなかった。
あいついつも楽しそうに笑ってるし、くるくると忙しなく表情を変えている。

……ああ、だからあいつ笑ってたのか。

今まで辛かった分を吹き飛ばすように。もっと毎日が楽しくなるように。


ルフィは無言でズルズルと茶を啜っている。
ナミもチョッパーも真剣な面持ちだ。



「だから僕、最初あのさんの手配書見た時びっくりしたけど嬉しかったんです。
 海賊になったっていうことより、あんなに楽しそうに笑ってて、あの頃の笑顔より断然輝いてたから。」

の手配書もルフィに負けず劣らず笑顔だからな。」

「ええ、なのでひどく安心しました。もうさんは幸せなんだな、大切な居場所を見つけれたんだって。」



ムツは本当に心から安堵したという顔をして、嬉しそうに笑った。



「だから、皆さん僕からもお願いします。さんと・・・仲良くしてあげて下さいね。これからもずっと仲間で……。」

「にししっ!当たり前だろ。おれ達にまかせろ!」



おれ達も一様に笑って頷くと、ムツはまた嬉しそうな顔でよろしくお願いします、と答えた。

さっきまで少し重くなっていた空気が嘘みたいにほのぼのとしたものになっていると、急に酒場の扉が乱暴に開かれた。
そちらに目を向けるとリトさんが息を切らせ慌てた様子でこちらに歩いてきた。



「大変だよムツ!あいつらの船が島に停まってたよ!」

「本当ですか!?」

「あいつらって誰だ?」

「さっきお話していた研究所の奴です。
 この島は研究所から最も近いらしくてよく買い出しに町にやってくるんです。」

「よりによってお前研究所近くの島に流れ着いてたのか。」

「はい、まあ僕は失敗作で処分寸前だったのであいつらは
 微塵も興味がないようで連れ戻される心配はありません。ただ、問題はさんの方です。」

「まさか、まだは……。」

さんはさっきお話した通り貴重な成功者です。
 だから奴らもそんなみすみす逃がすようなことはしません。きっと今も血眼になって探してるはずです。」

「おい、じゃああいつらが来たってことはやべぇんじゃねえか!?」

「そのことを忠告するためにもあのお話をしたんですが…。少し遅かったみたいです。」



心配そうな表情でムツは下を向いた。もしそれが本当なら一刻も早くここを離れなきゃならねぇ。



「大丈夫よ、幸いログもたまってるしロビンが探しに行ってくれてるから。あの子も只で捕まるようなタマじゃないし。」

「そうだな!は強いもんな!」

「・・・そうですね、でも見つからない内に島を出た方がいいです。
 さんだけでなく今皆さんは特に指名手配されて顔も知れ渡ってますし。」

「よし!そうと決まれば準備して出航するぞ!」

「ムツ、にはもう会わなくていいのか?」

「いいんです、ちょっと寂しいですがさんが元気で楽しくやってるって確認できただけでもよかったですから。」

「……そうか。」

「じゃあ、リトさん、ムツ元気でね。」

「あんた達も気をつけて行くんだよ!」

「お気をつけて!さんによろしくお伝えください!」

「おう!」

「またな!」



別れを済ませ店を出ようと手をかけたら勢いよく扉が開いて顔面を扉に打ち付けた。



「あら、ウソップいたの?」

「痛っ!いたのじゃねえよロビン!思っきりぶつかったわ!」

「…っ!それどころじゃねえんだよ!」



ロビンと一緒にいつの間にいたのかサンジが慌てた様子で店に入ってきた。



「あれ、サンジ君まで。は見つかったの?」

「ナミさん、そのがよく分からないんだがどうやら妙な連中に誘拐されたようなんだ…!!」


「「「誘拐!?」」」



サンジの言葉にムツが横で顔をさっと青ざめた。



……どうやら嫌な予感はとんでもない方向で当たっちまったらしい。








かの日廻った風狂キネマ。

















夢主の生い立ちとか色々と。
つらつら書いたので分かりづらいやもしれません・・・・・。
無理くり急展開になってるような気がしますがスルーでお願いします。
今更ですが一応補足、ムツは男の子で夢主の2歳下です。今10歳。

10.9.19