誰かが叫ぶ声が聞こえた気がした。
この部屋の壁に阻まれてうまくは聞こえなかったけど、確かに人の声がした。
それにつられて弾かれるように顔を上げると、自分の真横の壁からにゅんと肌色の何かが突き破って出てきた。
顔の前を勢いよく突っ切る。その行く先を追って見ると硬く握られた拳が確認できた。
そこでようやくそれが腕だと理解して、尚且つこんな事が出来るのは一人しかいない。
しなりながら壁にできた穴から戻っていく腕、私も穴に慌てて近寄って恐る恐る覗きこんだ。
案の定そこにはルフィとあとウソップとサンジとナミがいて、名前を呼ぶとこちらに気づいてほっとしたような顔をした。
「!よかった!無事だったかー!」
「無事は無事やけど、てめ、ルフィ!あんた私を殺す気かー!!」
ルフィに向かって怒鳴りつけると、本人はちっとも悪びれる様子もなく暢気に笑っていた。
そんな皆の姿を見て、少し気が抜けて思わず口元が緩んだ。
だけど、背後に近づいた気配にまた身体が強張った。
無言でドクターは音も無く私の背後に立つとそのまま首ねっこを掴んで勢いよく後ろへ投げ飛ばした。
「!」
皆が叫んで慌ててこちらの部屋に駆け寄ってきた。
もう何度目か分からない痛みに顔をしかめる。
乱暴に扱うなっての……!
ドクターは私の傍へ立つと、前にいるルフィ達をじっと睨んだ。
じろじろと品定めするように見て、それからふうとわざとらしくため息をはいた。
「思ったより早い到着だったな。私の可愛いクリーチャーに歓迎させたのだが。」
「そりゃどうも。派手なわりには随分と不発気味だったけどな。」
「はは、それはそれは。期待に添えなかったようで残念だよ。」
「お前か!をひでぇ目に合わせてた親玉は!」
「ひどい…?心外だな。これは私が造った作品だ。君達にどうこう言われる筋合いはなかろう。」
「作品だって?は人間だ!おれ達の大事な仲間だ!」
「ルフィ……。」
その言葉を聞いたドクターはくつくつと笑いだす。心底可笑しいといった風に。
「仲間!これが?は私がその技術を込めて造り上げた兵器だ!
私はなあ、こういったクリーチャー達を造って売り捌くのが仕事なのだよ。
そう!これはビジネスなんだ!それをお前達は私の大切な商品を勝手に仲間だの
何だの言って困るのだよ。寧ろタダでその力を貸してやったことに感謝してほしいくらいだ。」
ぐるり、ドクターが両手を広げ高々と熱弁を奮う。
その言葉を受けて皆の顔色がみるみる変わっていく。
私はただうまく動かない身体を持て余してじっと座り込んでいた。
ドクターの言葉は、あんまり耳に入ってこない。
(だって昔うんと聞かされた話だから)
「こいつ、とんでもねぇイカれた野郎だぜ……!」
「があいつの商売品だって…?そんなのお前が勝手にを無茶苦茶にしただけだろ!」
「そうよ、は望んでないのに!そんな身勝手なことさせないわ。」
「待ってろ。そんなやつおれがぶっ飛ばしてやる!」
ぐりんぐりんと腕を回してやる気満々のルフィとそれぞれ戦闘体制をとった皆を静かに見やってドクターは怠そうに息をついた。
「やれやれ馬鹿には何を言っても通じないのだろうな。
仕方ない、まあどの道お前達のことは潰そうと思っていた。」
ドクターがかちり、と徐に取り出したスイッチを押すと、壁がぱかりと開いて中からまた数体のクリーチャーが出てくる。
「うわっ、またこいつらかよ……!」
たじろぎながらも身構えた一味をドクターが無表情で見つめる。
「そいつらは既に思考回路が閉ざされた見た通りの人ならざるモノ達だが。」
突然語りだしたドクターをルフィ達は周りの警戒もしつつ怪訝そうに見た。
「のような細胞を上手く取り入れ、より人間のままのモノ達はどう従えるかわかるか?」
ぐい、とドクターは私を引き寄せると右手を差し出す。
その手はあの薄気味悪い淡い紫色に光っていた。
「……っやだ!止めて!」
「見ていろ。こうするのだよ!」
ドクターが光る右手を私の頭に押し付ける。
紫色の光りが頭にずるりと入っていく。
ドクリ 心臓が波打つ。
脳が揺さぶられる。
ザザッ、と頭に砂嵐が巻き起こって誰かが私の名前を呼んだ気がしたけどもう何も聞こえなかった。
ルフィ達の顔も周りの風景まで何も見えなくなる。
代わりに私の目の前に広がるのは――悪夢の光景。
「うわあああぁ!!!」
の頭にドクターの手が触れて光りが吸収されていったかと思えばいきなりが叫び出していた。
ルフィ達は驚いてを見やるが、は膝をつきうずくまっている。
頭を両手で抱え頻りに声を上げていた。
「おい!お前に何をした!!」
「さっき言っただろう、これが私の行う従える為の術。
安心しろ何も死ぬような事をした訳ではない。」
うずくまり苦痛に耐えるように身を縮こませているを一瞥してからゆっくりと語りだす。
「私も悪魔の実の能力者でね。ブレブレの実といってな。
私がこの右手で頭を触れれば対象者の最も嫌な記憶、思い出したくないものをその触れた者に見せることができるのさ。」
ぼう、と見せつけるようにドクターの右手が不気味に光った。
「……人間というものは上手く出来ていてな。
忘れる、という行為があるから嫌な事辛い事があっても生きていくことができる。
だがしかしそれが常に鮮明に思い出すことができるとしたらどうだ?」
「……どういうことだ!」
「私はその忘れるというものを禁止することができるのさ!
この能力を使えばそいつの見た辛く嫌な出来事も今まさに目の前で起きてるように見せることができる!
それだけじゃあない。その時感じた痛みも苦しみもまた、過去体験した通りに感じることができるのさ!」
「……じゃあ、まさか。」
「そうが今見ているのは昔の嫌な出来事。悪夢のような、な。
ここまで言えば分かるだろう?私達がうまく被験者共を従える方法を。」
さっと顔を歪めたルフィ達を見て満足そうにドクターが微笑む。
大袈裟に手を振りながら先程より早口で語りだす。
「そう!実験に伴う痛みや苦しみ、肉体的な痛みから精神的な痛みまでより多く経験することで
その苦しみに対する恐怖が生まれる!反抗的にすれば私が能力でその苦しみを思い出させ、
また従順にする為に能力を使い知らしめる。それを繰り返していけばもう抵抗する気力も失うさ。
抗えばまたあの苦しみを味わうことになる、恐い、嫌だ、思い出したくない、とな。
その結果考えることを放棄し、ただただ命令を聞いて殺戮をする兵器となる。
忘れることを許さない、痛みをリアルに感じる畏怖。それが私の作り出した兵器を縛る“鎖”だよ!」
声を一層張り上げて演説のように語りきったドクターは興奮から息を少し乱していた。
その間もはずっと俯せのまま声を上げ苦しんでいる。
ルフィ達はそんな様子を見て奥歯をぎり、と噛み締めた。
「はは、どうだ!私の作品の分際で主に盾突くからこうなる。
馬鹿なやつだ。お前は脱走する寸前まで無様に抗い続けたからな。」
「ーッあああ!う、くっ!いやだ、いや、やめ…て…!」
「……っ!お前!止めろって言ってんだろうがー!!」
ビュオ、とルフィが拳を伸ばし繰り出す。
その際に襲い掛かろうとしていたクリーチャーが何体か吹き飛ぶ。
真っすぐドクターに向けられた拳は本人には当たらず軽く避けられてしまった。
ドクターの後ろにあった壁に激突してコンクリートがガラガラと崩れ落ちた。
「おっと、いきなり危ないじゃないか。
そんなことをしていいのか?この能力は私にしか解除出来ないんだぞ?」
ドクターが各々構えて攻撃をしようとしている仲間を見据えて言う。
「くっ!卑怯者!」
「ふざけんな!早くを解放しろ!」
「まったく五月蝿い奴らだな。
言われなくとも止めてやるよ。まだこいつにはやってもらうことがあるからな。」
ドクターはもう一度の頭に手を触れると、すっと光りが抜け出してはまた崩れるように倒れ込んだ。
その顔からは生気が失われ、両目からは無数の涙が零れていた。
「ハッ、久しぶりの悪夢の味はどうだった?その様子だとさぞ楽しい夢が見れたんだろうよ!」
「……なんて酷いことを!」
「このクソ野郎!やられる覚悟はできてんだろうな!」
「ふん、私もみすみすやられてやる程お人よしではないのでね。」
ドクターはの身体を傍らに抱える。はぐったりとしたまま動かない。
「そう急ぐな、ゆっくり楽しんでいきたまえ。」
そう指を弾くと周りにいたクリーチャー達が一斉にルフィ達へ襲い掛かった。
「うわっ!」
「畜生、邪魔だテメェら!」
応戦している間にドクターは壁のスイッチを押し、床に開いた穴からを抱え上げたまま降りていった。
「おい!あいつあの穴に消えたぞ!」
「ちっ、さっさとこいつら片して追いかけるぞ。」
「おう、―邪魔だ!どけーッ!!」
次々とクリーチャーを倒していき、全て片付けるとルフィ達は慌ててドクターの後を追った。
*****
穴に飛び降りてみると、やけにだだっ広い部屋に着いた。
辺りは白い無機質な壁に囲まれ、一部の壁には窓のような四角いガラスがはめ込まれて、その向こうは何やら色々な機械が並べられている。
後はその窓の横と丁度真向かいに扉が設置してある以外は何もない。
ルフィ達が降り立った場所より離れた所にドクターはいた。
「何だ?いやに広い所に出たな。」
「あ!あいつ!―おい!返せこの野郎!」
「ふふ、よく来たな。ここはこの研究所の中でも一番大きな実験室だ。
喜べ、お前達には今から新しく出来た試作品の実験台になってもらおう。」
ドクターはの髪の毛を掴んで無理矢理起こさせると、右手に持った何かを首に差し込んだ。
それが注射器でが何か妙な薬を入れられたと分かった時にはもう遅かった。
掴まれていた髪の毛を離されるとは頭を擡げたまま座り込んでいた。
「!!」
「ふっ、ははは!さあ!楽しい楽しいショータイムの始まりだ!」
「テメェ!に何しやがった!」
ウソップがドクターへ向けて火炎星を放った。
真っすぐドクター目掛けて飛んでいく弾を見て、特に焦るわけでもなくただ静かに口を開いた。
「。」
ぽつりと名前を呼ばれた瞬間素早く立ち上がりドクターの前へと踊り出ると、腕を刃に変形させて飛んできた弾を切り裂いた。
ドクターを庇うような行動にルフィ達が驚きを見る。
静かに佇むその顔は無表情でおまけに目が血の色のように真っ赤に染まっていた。
「……、どうしたの?何でそいつを……。」
「……。」
「なに、ちょっと新しく開発した薬を注射してやっただけさ。
細胞を取り入れた者を強く使役する為のな。」
「……なっ!じゃあは今操られてるってことか!?」
「人聞きの悪いことを言うな。元々は私の所有物だ。本来あるべき形に戻っただけのこと。」
「ふざけんな!は物じゃねえって言ってんだろ!を返せ!」
「まったく何遍も何遍も……物分かりの悪い猿め。」
ドクターがパチンと指を鳴らすと、先程とまた同じようにクリーチャーが何体も現れルフィ達を取り囲んだ。
「うじゃうじゃと、どんだけ湧いてくるんだよこいつら!」
「関係ねぇ。数がいるだけだ!」
「確かにこいつらだけでは少々骨が折れるということは分かっているよ。だから、こいつがいるんじゃあないか。」
ドクターはにたりと笑うと、の肩を抱き楽しそうに言った。
「、あいつらが私の邪魔ばかりしてきて困るんだ。
だから命令だ、あいつらを―麦わらの一味を全員始末してこい。」
「……!!」
ルフィ達に指を刺してそうに命令をした。
は少し俯けていた顔を上げる。真っ赤に濡れた瞳に困惑したようなルフィ達の顔が写る。
暫し無言で見やった後、はぽつりと一言だけもらした。
「……了解致しました、マスター。」
滑り落ちて、届かない。
再会、覚醒。
ぐんぐん進みます。
2010.12.31