入学してから随分と時間が過ぎた。
私はというと最初の感傷的な気分はどこえやら、学園の生活を楽しんでいた。
授業は時折辛かったり眠気を誘ったりするけど学ぶことはおもしろい。
座って勉強するよりは体を動かしてる方が性に合うみたいだけど。
毎日がバタバタと忙しく、でも充実していた。





今日の授業が終わって中庭をのんびりと歩いていたら「あ!!」と呼ばれる声がした。


ー!」

「やっぱり左門や。久しぶりー」


イエーイとお互いにハイタッチをして再会を喜び合う。
結局入学した時以来何かと忙しくて会ってなかったのだ。
その後から三之助と作兵衛もやってきた。
左門勝手に行くな!と作兵衛が怒鳴っている。
なんだかこの感じ、すでに懐かしい気分になるなあ。

三之助ともゆるくタッチしてそのまま作兵衛にウエーイとハイタッチを求めれば
予想より強めにばちんと叩き返された。痛い。


「痛っ、作兵衛ったら反抗期ー?」

「ちげえよばか!こいつら勝手に押し付けやがって!大変なんだからな!」

「すいません。そしてご愁傷さまっす」


へこりと頭を下げれば心がこもってねえ!と今度は頭を叩かれた。
ついこの前初対面だったのにとても暴力的になったもんだ。
いかに自分が大変な思いで方向音痴二人の面倒を見ているのか
こんこんと愚痴るのをそうかそうか大変やなあと相づちをうっている傍から
どこかに行こうとする三之助の首を作兵衛が、左門の腕を私が引っ掴んだ。


「ったく、すぐこれだからなー」


それからぎゃんぎゃんがみがみ言い合う三人を見てたら
よくわからないけど微笑ましいようなあったかいような気持ちになってついつい顔がゆるんでしまう。


なに笑ってんだ?」

「いやあ、なんやかんやで仲良しでよかったなあって」

「はあ!?」

「そうだな!仲がいいぞ!」


にっこりといつものまぶしい笑顔で左門が言い切るものだから作兵衛が照れていた。
なんだかうらやましくて「いいな」とぽつりこぼしたら三人は顔を見合わせてきょとんとした。


「なにを言う。も友達じゃないか。なあ作兵衛、左門」

「まあ、そうだな」

「あたりまえだ!」

「三之助、作兵衛、左門…。そっか、ありがと」


そっか、そっかと繰り返して、嬉しくて、むずがゆくて、えへへと変な照れ笑いが出てしまった。
そんな私をおかしなやつとみんなで笑いあった。






*****






そんな和やかなやり取りを終えて三人と別れた私はくのたま長屋の自分の部屋へと戻ってきた。
室内へ入ると同室のエリちゃんが机に向かって静かに宿題をこなしていた。


「おかえり」

「ただいまー」


ちらと目線だけでこちらを確認してからまた前に向き直る。


、宿題はしたの?」

「あー、まだ」

「ちゃんとやりなさいよ」

「はーい」


エリちゃんは成績優秀でまじめでおまけにかわいい。
天は二物を与えないとか言うけどそんなことはなかったよ。
彼女は同じ部屋の仲間であり、同時にエリちゃんとは学園ではじめてできた女の子の友達だ。
女の子らしくて、はきはきとしっかりとした物言いが好きだ。
葵は私に学園での人付き合いについてあれこれ言ってたけどそんな心配は杞憂だった。
ここの人たちはとてもおもしろくて、それでいて楽しくいい人ばかりだ。
忍たまに比べたらくのたまの人数は少ないけど、その分先輩も後輩も関係が密で仲がいい。



言った傍からごろごろし出す私のおしりをぺしりと叩いた。
仕方ないな、私も宿題やるか。

むんと気合いを入れて自分の机に向かうと視界の端に動くものが見えた。
部屋の前の廊下、そこにあざやかな色をした蛇がいた。
ちろちろと動く赤い舌に目をやりつつエリちゃんの肩をつつく。


「エリちゃんエリちゃん」

「なあに」

「廊下、蛇がおる」

「蛇?」


エリちゃんは筆を置いて廊下の方を見やる。
依然として蛇はそこに長い体を横たえていた。


「本当だ。しかもあれ伊賀崎の蛇じゃない?」

「伊賀崎?」

「一年い組の伊賀崎孫兵。
 よくあの蛇連れて歩いているの見たことあるでしょう」

「うーん、そういえば見たことあるような」


記憶の中を探ってみれば、一年の忍者服で首に蛇を巻いた子を見たような気がした。
愛しそうにその蛇をええと、なんだったかな……そうだ、確かジュンコって呼んでたんだ。


「思い出した。あの子名前ジュンコやったような」

「そうだったっけ。なんにせよこんな所まで逃げてくるなんて」


あいつもよく逃がすわね、と呆れたようにエリちゃんが言う。
伊賀崎孫兵のペットだと分かった今、彼はきっとジュンコを探していることだろう。
よっこいせと座布団を掴んで立ち上がった私をエリちゃんが不思議そうに見る。


「どうしたの」

「伊賀崎孫兵にジュンコ届けてくるわ」

「あんたも物好きね。で、なんで座布団」

「どう触れ合っていいか分からんから、この上に乗ってもらって運ぼうかと」


ジュンコに向き直り、おいでと声をかけてみる。
ちらっとこちらを見たが警戒しているようだ。


「大丈夫やって、きみのご主人の所へ連れていってあげるから」

「言って通じるもんなの」

「ほら、気持ちが大事やから」


敵意がないよ本当だよと全身に醸し出しながらじりじりと距離を縮めていく。
座布団を両手に持って蛇に迫る格好は端から見ればひどく滑稽だろう。
現にエリちゃんの冷たい視線が背中にびしばし刺さってくる。

思いが伝わったのか短に諦めてくれたのか分からないが
ジュンコはするりと体を滑らせて座布団に収まってくれた。


「見て!エリちゃん!ジュンコが来てくれた!」

「はいはい良かったわねー」

「対応がおざなり!それじゃあ伊賀崎孫兵に返してくるな」

「いってらっしゃい」


こちらを見ずに手をひらひらと振ったのを確認して、部屋から外に歩きだす。
さて、彼はどこにいるのやら。








*****








広い学園だから見つかるかな、顔も曖昧だし、と不安だったが案外早く伊賀崎は見つかった。
なぜなら「ジュンコー!」というとても大きな叫び声が聞こえてきたからだ。
呼んだら来るのだろうか。さっき私もやったけど。

飼い主ならではの絆とかあるのかなと思ったが逃げられてる時点でどうなのか。
ふつふつととりとめのない事を考えながら声のする方へと足を進める。
程なくして目的の人物がぱたぱたと走り回っているのが見えたので近づく。


「ジュンコー!どこにいるんだ!」

「ここにいますよー」

「えっ!?ああ!ジュンコー!!」


背後から声をかければ驚いて伊賀崎が振り向いたが、瞬時にジュンコの姿を見つけるとぱあっと顔を綻ばせた。
ジュンコもするすると伊賀崎の首に巻きついて、シャアと一声鳴いた。
心なしか嬉しそうな気がする。
よかったよかったと一人満足していたら伊賀崎がじいっとこちらを見ていた。


「ありがとう、ジュンコを見つけてくれたんだ。ええっと―」

「一年の山川や。きみは伊賀崎孫兵くん?」

「そうだよ。その、はジュンコのこと平気なんだね」

「あー…くのたまは特に蛇とか嫌がる子多いもんなあ。
 そういや別に大丈夫やな、咬まれたりするのは勘弁やけど」

「ジュンコは毒蛇だし、嫌がれるのかも。こんなに愛らしいのに……」


うっとりとしてジュンコと孫兵の世界に入ってしまわれたので渇いた笑いで濁しておく。
すると近くから「あっ!いた!」と別の方から声が聞こえて肩を揺らした。


「竹谷先輩!」

「孫兵!そこ、毒蜘蛛いたぞ!捕まえろ!」

「ええっ!?」

「蜘蛛?」


何処からともなくぼさぼさ頭で三年生の制服を着た
忍たまが慌てたようにやってきて私達のすぐ傍の所を指差した。

二人で足下を見たら確かに蜘蛛が二匹かさこそ動いていた。
孫兵はすばやくお箸を取り出すと蜘蛛をつまみ上げる。そのまま流れるように虫かごに入れた。
てかお箸で捕まえるのか。(まあ毒持ってるらしいし)

その間にもう一匹が逃げ出そうとしていたので
咄嗟に座布団を脇に挟み頭巾を解いて蜘蛛に被せてから潰さないように掴み上げた。


「はい。どうぞ」

「あ、ありがとう」

「すごいなお前!虫平気なのか?」

「毒は嫌ですけど、虫とかは別に平気です」

「さっきもジュンコを届けてくれたんです」

「そうだったのか…。いやー、ありがとう助かったよ!」


ぱっとまぶしいくらいの笑顔で言われて、なんだか少し照れくさい。
名前はと聞かれたので名乗っておいた。


「俺は三年ろ組竹谷八左ヱ門だ。あー、頭巾悪かったな。汚れただろ」

「いえ、洗えば済みますから。お気になさらず」

「あ、竹谷先輩。他の虫たちはいましたか!?」

「そうだった!それがまだ見つかってないんだよ」

「そんなに逃げてるんですか」

「あとは毛虫とトカゲがまだいなくてだなー」

「生物委員会は人手と予算が足りてないから、籠もぼろぼろですぐ逃げちゃうんだ」


どうやら生物委員会は二人とあと五年生の先輩がいるそうだが
三人だけじゃたくさんいる生き物を面倒みたり、籠の修繕をするのが大変だそうな。
くのたまは委員会活動が特別決められている訳ではないから
委員会というものがそんなに大変なことだとは思いもしなかった。
苦労してるんだなあと同情してしまう。


「虫探し手伝いましょうか?」

「え!本当!」

「いいのか!?」

「私でよければ」

「もう全然いい!助かる!」


ついそう思って手伝いを申し出れば二人はすごく喜んでくれた。
予備のお箸と虫かごを渡されて、取り扱うのは充分注意することをきつく言われて虫捜索に駆り出された。



全て見つかるころにはすっかり夕暮れになっていたけど
生物委員会の方々には感謝されたので満ち足りたような気分になった。
先輩や同じ学年の子とも知り合えたし、疲れたけどよかったな。



しかしその日結局宿題のことは頭からすっぽり抜けてた私は先生に大目玉を食らうことになったのであった。









15.10.17