じりじりと皮膚を太陽の光が焦がしていく。
初めての夏の長期休暇はとても充実していて楽しかった。
手紙でぽつりぽつりとやり取りはしているものの、久しぶりに会った葵は相変わらずで元気そうで安心した。
それはあちらも思っていたみたいで変わりないようで良かったと笑んでくれた。
休みの間、私は葵の手伝いをしたり、修練に励んだり、バイトをしたりして忙しく充実した日々を過ごした。
バイトは学費に充てるのだけれど、入学前は葵が学費を全て出すからとは気にしなくていいと言っていたのだが
私の事でそこまでしてもらうわけにはいかないとバイトをして払うと申し出た。
しかし葵はなかなか聞き入れてくれず終いには口論に発展してしまい
最終的には全額までとはいかずとも私も働いて学費を足すということに落ち着いた。
は頑固者だね、と呆れられたがそれはお互い様だと返しておいた。
もう少し頼ってもいいとも言われたが、私は充分に葵を頼り甘えていると思うのだけれど。
そんなこんなで一瞬で休みは過ぎ去ったのだけど、夏の暑さだけはしつこく居座っていた。
今年は残暑が厳しいな。
エリちゃんはこのどうしようもない暑さに非常にイライラしていて
かわいらしい顔も台無しの形相で夏滅びろとぶつぶつ言っていた。すごい恐い。
とは言うものの私自身もこの暑さには参っていて、授業が終わって自由になったものの
この熱気の中ではやる気がとんと沸いてこない。夏よ、暑さだけ残してどうするのだ。
早く行ってくれ、そして涼しい秋よ来い。
うだうだと沸騰しそうな頭で意味のないことを考えながら、少しでも涼しい場所を求めて歩く。
すると前方から孫兵が歩いてくるのが見えた。
手には例の如く箸を持ち、きょろきょろと辺りを見回して「みーちゃん!むーちゃん!」などと名前を呼んでいる。
この時点で嫌な予感がしたのでさっと踵を返そうとしたらばっちり目が合ってしまった。
「あっ、!」
いつもこの手のことになると一等能力が上がる孫兵は上級生もびっくりの俊敏さで私の前にやってきた。
そのままがっちりと肩を掴まれる。
「ー!みーちゃん達がいなくなったんだ!
この暑いのに熱気にやられてしまったらどうしよう!頼むいっしょに探してくれー!!」
「ちょっ、まっ、待って!孫兵落ち着け苦しい気持ち悪いぃ!!」
がっくんがっくん揺さぶる孫兵をなんとか引き剥がして、ぜえはあと乱れた呼吸を整える。
当の本人はあっけらかんと「あ、ごめん」なんて軽く謝罪をかましてくるもんだから、人間に対してはほとほとうすいやつである。
「孫兵虫たち逃がすの何回目やの。それに私生物委員会ちゃうし」
「何言ってるんだ。はもう生物委員会所属みたいなもんだろ!」
「違いますけど!?それにこの暑さやし、だるいし……」
「ひどい!人でなし!は友達だろう。困ってる友達を助けてはくれないのか!?」
「仮にも友達に人でなしはないと思うで」
意外にも孫兵が私の事を友達だと思ってくれてたようでそれは素直に嬉しい。
初めて会った時から幾度と生物委員会を手伝いをしてきたし、友達が困っているのだというのだからまあ仕方ないか。
「わかった、いっしょに探してあげるから」
「本当か!ありがとう」
ぱっと花が咲いたように笑う孫兵はそこらの女の子顔負けにかわいらしい。
これは将来化けるだろうなとどこぞのオヤジのような思考を振り払う。
それじゃあはあっちを探してと渡されたお馴染みの箸を渡され、何度目か分からない真夏の大捜索が始まった。
頼むからみーちゃんたちすぐに出てきておくれと祈りながら、草むらをかき分けた。
****
「つ、つかれた……」
結局みーちゃんたちが見つけるのにかなり時間がかかってしまった。
あの後竹谷先輩も合流して探しに探しまくってようやく見つけた頃にはへとへとになってしまった。暑さっておそろしい。
そんな私に孫兵と竹谷先輩はすごく感謝してくれたから、まあいいかとは思う。ものすごいしんどかったけどね。
そして疲労で注意力散漫になってたのがいけなかった。
踏み出した足が地面に着くことなくずぼりと踏み抜いた。これはまさか…。
浮遊感があったと思えば次の瞬間にはどしんとお尻に衝撃が走った。
「あいたた…」
強かに打ち付けたお尻を擦りながら周囲を確認する。
どうやら落とし穴に落ちてしまったようだ。
いつもは注意しているのになあと誰に言い訳するでもなく一人ため息をつく。
土の穴ぼこは思っていたよりひんやりと涼しかった。
さて、涼をとるのもいいけどいつまでもこんな所にいられないと腰を上げた。
「おい、大丈夫か!」
そんな折りに頭上から声が降ってきて顔を上げると、二年生の忍たまが一人落とし穴を覗き込んでいた。
「くのたまか…、ほら掴まれ」
手を差しのべられたので素直に従って掴まった。
せーのと掛け声と共にぐっと引き上げられて、熱々に暖まった地面に再び足をつける。
「ありがとうございました。助かりました」
立ち上がりへこりと頭を下げて、改めて助けてくれた相手を見た。
ぴょんと両側に巻いた前髪に特徴的なまゆげの先輩だ。
「ふっ、容姿端麗で成績優秀おまけに性格まで良しの滝夜叉丸だからな!当然の事をしたまでだ!」
さらりと髪をかきあげていきなり自慢されてしまった。
しかしその滝夜叉丸という名前は聞いたことがある。
前に三之助が委員会で同じでひとつ上の先輩がやたら自惚れやでうざったいと話していた。
その時は散々な言われようだなと思っていたのだが、なるほどその言葉に嘘はなかったようである。
ぼーっと考えている傍で滝夜叉丸先輩はまだぐだぐだと自分語りをしていたので
ビシッと手のひらを前に出せば先輩は気圧されたようで口を閉ざした。
「滝夜叉丸先輩がすごい人だっていうのはよーく分かりましたので
こちらもまだ名乗ってないですし聞いてください。一年の山川です」
「あ、ああ。山川か。―しかし災難だったな。喜八郎の蛸壺に落ちるなんて」
「災難…」
その言葉で甦るのは今日一日の出来事である。
「災難、そう災難なんですよ!」
「きゅ、急にどうしたというのだ!」
「今日はほんと特別暑いっていうのに孫兵の虫探しに付き合わされてくたくたになるし
まあ友達ですから助けてあげるのもそれはいいことなんですけど
私だって人間ですから暑いししんどいから嫌だなって思ったりするわけですよ!
それでもなんとか終わってみれば次は蛸壺に落ちて、こんな泥だらけになってしまって、ひどいと思いませんか!」
一息に言って滝夜叉丸先輩に詰め寄ると、明らかに狼狽えていた。
「わかった、わかったから落ち着け!」
ぐいぐい来る私を押し退け、肩をぽんぽんと叩くと着いてこいと腕を引っ張った。
大人しく着いていくと井戸であった。
「手と顔を洗っておけ、終わったらそこの縁側で座って待っていろ」
びしびしと指示をしてそれに訳もわからずこくりと頷いたのを確かめると滝夜叉丸先輩はどこかへ行ってしまった。
泥まみれなのは事実なので素直に井戸で水を汲み、洗うことにした。
手も顔もすっかりきれいになって、ちょっと気持ちも落ち着いてきた。
服だけは泥は払ったけどまだうすく汚れていた。
洗濯しなきゃなあと思案していたら、廊下の角からひょこりと滝夜叉丸先輩が現れた。手にはお盆を持っている。
「よしよし。きれいになったな。やはりいつでも美しくあらないといけないからな」
まあ私ほど美しいものはいないだろう!
高笑いしながらお盆を置き、隣に先輩が座った。
いちいちなんか挟まないといられないのかな。
「食堂のおばちゃんから冷たいお茶を貰ってきてやったぞ。
これはあとで食べようと思っていたのだが、特別に分けてやろう」
私と先輩の真ん中に置かれたお盆には湯のみが二つと急須、白くてふくふくとした大福が皿に乗っていた。
わあ、と思わず歓喜の声が出る。
「いいんですか滝夜叉丸先輩!」
「ああ。いいからさっさと食べなさい」
「はーい。いただきます!」
まずはと湯のみを手に取る。ひんやりとした冷たさが器越しにも伝わってきた。
喉が乾いていたので一気に飲みほしてしまった。
いっぺんに飲むんじゃないと言いながら、先輩が急須から冷茶を継ぎ足してくれた。
お礼を言いつつ今度は大福にかじりつく。
あんこの他に豆も入っていて少ししょっぱい。塩豆大福だ。
疲れていたので甘いものが特においしく感じる。
「いやあ、染みますなー」
「おっさんかお前は」
滝夜叉丸先輩につっこまれてしまった。
ぱくぱくとあっという間に食べ終わり、最後に冷茶をぐっと飲み干すとなんとも言えない満足感があった。
「ごちそうさまでした」
「はあ、やっとマシな顔になったな」
「私滝夜叉丸先輩は自惚れやで自分語りばっかでどうしようもない先輩だとばかり思ってましたけど……」
「おい!」
「でも優しいところもあるんですね!よく知らずに誤解してしまってました。ありがとうございました」
笑ってお礼を言えば、驚いたように目を丸くしてから「まあがあまりにもひどい顔で哀れだと思ってたからな」
とごにょごにょ言ってたが頬が赤くなっていたので照れているのだと微笑ましく思う。
日が傾いてきてようやくひやりと冷たい風が吹いてきた。
そろそろ秋も近い。
15.12.26