「ちゃんて苦手なもんあるん?」
デスクでばちばちと電卓を叩いていた手を止めて、隣に座っていた真島さんの方を見る。
ちらりと一瞬視線をやってから再び前に向き直り電卓を叩くのを再開させる。
「なんですか藪から棒に」
「いやな、ちゃんて案外何でも平気な所あるやん」
「何でもって、そんなことないですよ」
「ほんまかぁ?この前かってゴキブリ出た時さっさと自分で退治しよるし」
「母が虫が苦手なので必然的に私がやらないといけなかったんですよ」
「大雨降ってごっつい近くで雷鳴ったときもビビらんと逆にテンション上がっとったし」
「だってあんなに近くで雷落ちたの見たの初めてですよ。ここ見晴らしいいですし余計に」
ああだこうだと指折り数えて話す事に受け答えしながら、経費の計算を続けた。
電卓を打ち時に伝票を書き付けとあくせく働いているのに真島さんはまだ私の苦手なものを模索している。
「真島さん武器類危険物を経費で落とそうとしないで下さいよ」
「別にええやんか。ケチやなー」
「ケチとかそういう問題じゃないです」
「で、なんなん?苦手なもん」
「(話すり替えられた…)真島さん暇なんですか?」
「せやねん。暇でしゃあないわ。構うてくれやー」
「子どもですか。冴島さんにでも構ってもらって下さい」
「今は兄弟よりもちゃんに構ってもらいたい気分やねん」
(冴島さんに構ってもらいたい時もあるのか……大変だな)
ちゃんが冷たいだとか言われているが仕事中なのである。
まあ、雇い主はこの人なんだけれども。
苦手なもの、確かにそれはあるにはある。
ただしかし、ばか正直に真島さんにそれを話していいかどうかが問題だ。
普通の人ならこれが苦手だとか軽く話して終わりだけど、真島さんの場合はいそうなんですかで終わりそうにない。絶対にネタにする。
しかし何も答えないというわけにはいかないしなぁ。
そうだ、苦手なものじゃなくて好きなものを苦手だと答えればいいんじゃないか。
それなら被害を被ることもないし。
よしよし名案だと返事しようと口を開けた瞬間―
「言うとくけど饅頭恐い的なオチやったらあかんで。ワシは正直もんが好きやからな」
「…ですよね」
そんな甘い考えは真島さんに見抜かれていて先手を打たれた。
分かってたけどやはり無理か。
このまま答えるのは非常に嫌なんだけども何故か引き下がらないから言わないわけにはいかないだろう。
たぶん暇だからだろうけど。
ええいままよと観念して口を割ることにした。
「……心霊ものとか苦手です」
「心霊て、お化けとか幽霊とかそんなやつか?」
「はい」
「ぶっ」
「ちょっと笑わないでくださいよ!」
「いや別に他意はないで?ただちゃんもかわいらしいとこあるんやなぁって思うただけや」
そう言いつつもげらげら笑ってる真島さんをじとりと睨む。
だから言いたくなかったのに!
当の本人はすまんすまんと目尻に浮かんだ涙を払って、よう笑たわなんて呑気に宣っている。
それはようございました。
「そうかー。ちゃんはお化けが嫌いなんやなぁ。
でもこの前ゾンビ映画普通に見とったやないかい」
「ゾンビはまだやっつけようがあるから大丈夫なんですよ。
幽霊とか実体がないじゃないですか!霊媒師とかじゃない限り対処できないでしょう」
「ちゃんの恐いの判別は倒せるか倒されへんかなんか」
勇ましいなと笑う真島さんに私は至って真剣なんだと力説した。
ゾンビやエイリアンとかグロテスクだなとか実際いたら嫌だなとは思うけど、そこまで恐い!無理!となることはなかった。
だけど心霊現象とかそういう類いのものは全く受け付けなくて
よくテレビでやってたり映画も宣伝されてたりするけどそれらが流れたら速攻でチャンネルを変えるくらい嫌いだ。
何がおもしろいのか私には分からない。
ゾンビなんかはまだありえないなと思えるけど、幽霊とかはないとは強ち言い切れない所がまた嫌だ。
よく体験談とか話されてるけどもし自分に降りかかったらと考えただけでゾッとする。
「なるほどなぁ。ちゃんも人並みに恐いもんがあるんやな」
「そりゃあありますよ。私をなんだと思ってるんですか」
さあ答えたからもうこの話はおしまいだとデスクに向き直れば、視界の端にニヤニヤと笑う真島さんが見えた。
あれは絶対良くないことを考えている時の笑みだ。
嫌な予感が過ったけどとりあえずは目の前の仕事を片付けないと。
無理矢理頭を切り替えて作業に取りかかった。
当然胸のもやもやは消えないままに。
*****
それから何事もなく数日が過ぎて、なんだか肩透かしをくらった気分だ。
もちろん何もないに越したことはないけれど、嵐の前の静けさのようですごく不気味だ。
よく分からない悪寒が走って自然と肩を擦った。
いけない、仕事に集中せねばとふっと息をつきペンを握り直した所で名前を呼ばれた。
誰とは見なくても分かる。真島さんだ。
振り向くのはなんとなく憚れるのだけれど無視するわけにもいくまい。
「……なんでしょうか」
「なんやねんその嫌そうな面は」
「私の第六感が危機を予想してまして。すみません」
「ま、ええわ。ちょっと映画借りてきたから付き合ってくれんかー?」
「ええ?でも仕事がありますし」
「かまへんかまへん。西田にでもやらせとけばええから」
「そんな無茶な」
近くのデスクにいた西田さんの方を見やれば
自分のことはいいから親父を構ってやってくれ、と直接声には出してなかったが口パクと身ぶり手振りのサインで伝えてきて下さった。
西田さんの苦労にほろりと心が動かされながらも、了解のサインを送る。
「わかりました」
「よし、ほな一緒に見よか」
やけに上機嫌な所が気にかかるが真島さんの部屋へと移動する。
大きなテレビの前のテーブルにはレンタルショップの袋が置かれていた。
「またゾンビものですか?」
「ちゃうちゃう。今日のはいつもと趣向を変えてみてん」
自分で買いそろえたものから借りたものまであらゆるゾンビ映画を真島さんは見てきているので
もう流石に目新しい映画はないんじゃないかと考えていた。
そう思い尋ねれば違った返答が返ってきて、おや、と思った。
真島さんが選ぶゾンビ以外の映画……いったいどんなジャンルだろう。
ちょっとワクワクしながら真島さんがDVDを取り出すのを見ていた。
「これや」
さっとDVDを差し出され、どれどれとタイトルを確認した瞬間固まった。
「ま、真島さんこれは……」
「どや、おもろそうやろ?」
「これホラー映画じゃないですか!しかも3枚も!」
「3枚で500円やってん。お得やろ」
「これほどお得さを感じないキャンペーンもないと思います」
真島さんが借りてきたというDVDはどれも恐すぎてCMが放送禁止になっただとか
そのテの映画が得意な監督の作品とか、ネットで話題になっていたものとかそんなやつばかりだった。
しばらく何もないと思えばまさか今になってくるとは…!油断していた。
真島さんは嬉しそうに、さあさあ見るでー、と意気揚々とDVDをセットしている。
嫌だ、絶対に見たくない。
「あのー、ちなみに拒否権は……」
「ないで」
「私こういうの苦手だって言いましたよね!」
「嫌や言うてたからこそどんなもんか見たいやん。リアクションとか」
「理由が酷すぎます」
「まあ、ええやんええやん。死ぬわけやないし。これ社長命令な」
「何ですかそれ!パワハラ!」
ダメだダメだ、このままじゃ3枚連続ホラー映画祭に参加させられてしまう。なんとかしなきゃ。
そう思った瞬間からの行動は早かった。
真島さんがデッキに視線を向けている間にさっと体を翻し、扉を素早く開けると脱兎の如く走った。ようは逃走である。
西田さんごめんなさい。
せっかく仕事を引き受けて頂いたのに真島さんを構うという任は今回ばかりは重すぎたようです。
―――---
「あーあ、逃げられてもうたなぁ」
が飛び出していった扉を見つめて、真島は至って平静だった。
さてどうするかとぐるり頭を巡らせた所で先程から開いたままだった扉から南が顔を覗かせた。
「親父、さっきがえらい勢いで事務所飛び出して行きよりましたけど。なんかあったんですか?」
「おう、南!ちょうどええとこ来たな。ちょっとちゃん捕まえてきてこい」
「え?」
南は突然命じられた事にいったい彼女は何をやらかしたのかと訝ったが
テーブルに広げられたホラー映画のDVDとこの前が真島さんに心霊物が苦手だと
口を割らされたが何かそれをネタにやらかされそうで恐い、と話をしていた事を踏まえてなるほどと察したのだった。
些かのことが不憫に思えたが自分の親父の命令に従わないわけにはいかない。
「わかりました。すぐに連れ戻してきます」
さっと礼をして踵を返して事務所を出る。
ミレニアムタワーを出る前には捕まえた方がいいだろうと思い、親父からの命を果たすべく南は走り出した。
―――---
無駄に階数を重ねているばっかりに1階に着くまでにかなり時間がかかった。
途中走ってきたからかそれとも緊張のためか呼吸が乱れていた。たぶんどっちもだろうな。
一度大きく息を吸って吐く。もう目の前にはミレニアムタワーの入口が見えていた。
そこでようやくほっとして落ち着いてきた。
後のことなんてそれこそ後で考えればいい。今はただ逃げたい。
さあ、さっさと出てしまおうと入口に近づいた所でがしりと左腕が掴まれた。
途端に血の気が引いて、後ろをー手を掴んだ相手を確認したくないと心底思った。
さながら自分がホラー映画の登場人物になったかのようだ。
それでも振り返らなければとギリギリと錆び付いたおもちゃのようにゆっくり振り返る。
「どこいくんや」
「み、南さん……」
腕を掴んでいたのは南さんだった。今日も特徴的な頭がよく目立っている。
いやいや、そうじゃなくて。
南さんが真島さんに言われて私を連れ戻しにきたのは分かっているので抵抗しにかかった。
当然無駄だとわかってはいるけどもやらずにはいられない。
「お願いします南さん!見逃して下さい!」
「お前そんな事言うても無駄やって分かっとるやろ。それに俺は親父の命令には背けん」
「もちろん分かってます、分かってるんですけど!嫌なものは嫌なんです!」
「はいはい分かった分かった。諦めろ。人間諦めが肝心や。な?」
「随分適当ですね。…ちょっ、待って!あああ、嫌だー!」
ずるずると引き摺られて鮮やかな手捌きでてきぱきとエレベーターに押し込まれると
私と南さんを乗せた箱は無情にもぐんぐん上に上り始める。すぐ事務所のある階へとたどり着いた。
しっかりと逃げ出さないように腕を掴まれたまま、事務所内へと連れていかれる。
途中ご愁傷様と言わんばかりの憐れみの視線を組員の方々から頂きながら、真島さんがいる部屋までやって来た。
普段見慣れた扉が今は地獄への扉に見える。
「親父、失礼します」
前に立つ南さんが室内に入ったので必然的に私も中へと踏み込んだ。
黒い革張りのソファに出た時と変わらずどっかりと座り込んだ真島さんがこちらを見てニヤリと笑った。
「待っとったでーちゃん」
本当勘弁してほしい。
それからぶっ続けで映画を強制的に見せられ、その日の真島組の事務所は悲鳴が絶えず聞こえてきたという。
ばかやろうでじゅうぶん
15.4.11
title by afaik