私は今、二度目の人生を謳歌している。
いや、楽しめているのかと聞かれるとそこはまあ人なので
辛いことも苦しいことも多々あるから、楽しくもあり、苦しくもありといった所だ。
前の私であったときに車に轢かれたと思ったら、いきなり赤子になっていた。
そこからが私の第二の人生のスタートである。
最初は戸惑っていたのだが、こうなったのであれば切り替えて新しい暮らしを受け入れていこう。
そう決意した矢先に両親が亡くなってしまった。
この時私はまだ生まれて間もない赤ん坊であった。
それでも不思議と意識は以前の私のままはっきりとしていたので、あの夜の事は今でもはっきりと覚えている。
目から口から青い炎を吹き出してそれはもう酷い光景であった。
これが後に「青い夜」と呼ばれる世紀の大事件であるのだが
ともかく私には早々に両親をうしなってしまいひどく気持ちが荒れてしまった。
そもそもここは悪魔だとか祓魔師だとか前の世界では信じられなかったものが普通に存在している。
エクソシストという単語を聞いてかの有名なホラー映画が先に思い浮かんでしまったほどだ。
まさかそんなものがあるわけないと思っていたのに、両親があんな死に方をしてしまったので
情けない話だがそこでようやく私は今までとは違う世界にやってきてしまったのだと自覚したのである。
*****
あれはいつのことだったろうか。
確かそう、小学校低学年の頃。
中身は大人のままで外見は子どもという某探偵漫画のような状態であったので、周囲と合わせることに苦労していた。
同じ歳で寺の身内である坊や子猫さんに志摩とは仲良くできているのに、いざ集団に放り込まれるとてんで駄目であった。
元々の性格が人見知りであり、以前の私の時も友達は少なかった。
だからなのか同じクラスの同級生からは一歩引かれている。
何かこう、越えられない壁みたいなものがある気がする。それはこっちが作っているのかもしれないが。
なので私はいつもクラスでは一人で本を読んでいることが多かった。
そして明らかに浮いた存在であったことが災いしたのか、私は一部の男子からよく絡まれるようになってしまった。
例えば、机やノートに落書きされたり、消しゴムのカスを投げつけられたり
読んでた本を取り上げられたり、鉄仮面など罵る言葉を言われたりとまあ様々である。
ちなみに鉄仮面と呼ばれるのは彼らがあらゆる悪戯を実行しても、総じて私がスルー、無反応であるからである。
普通なら気に病んでしまうことなのだろうがなにせ中身はアレなので、小学生がやる悪戯なんぞ気にもならないのである。
それに反応しなければその内飽きて止めるだろうと踏んでいたのだが
どうやらその無視っぷりが腹立つのか、なかなか向こうも諦めなかった。
ここまでくればこれはもう意地なんだろうな。
私が泣くかあっちが飽きるか躍起になっているんだ。
その執着心を将来いい形で生かせればいいのではないかと苛めっ子達の未来を憂いつつ
今日も今日とて落書きされた机の汚れを落とすのだった。
*****
それはある日の放課後のこと。
授業が終わってさあ帰ろうと教室から出た所で名前を呼ばれて振り返る。
「、今から帰るんか」
「坊。そうですよ」
「ならいっしょに帰ろうや、どうせ同じ家やしな」
声をかけてきたのは坊と子猫さんと志摩だった。
この三人とは本当にそれこそ赤ん坊の頃からの付き合いである。
そのまま並んで廊下を歩いた。
「なんや、さんと帰りの時間被るんめずらしいですね」
「今日は図書館休みやから。それにみんなの方が終わったそばからすぐ遊びに飛んで行ってしまうから合わんのですよ」
「いやいやさんが本の虫やからですやろ。たまには俺と遊んでほしいわー」
「志摩はすぐ変なことやらかすから嫌やなあ」
「ひどっ」
けらけらと他の子の声に混じって私達の笑い声も響く。
やいのやいのと話していたら、すぐに下駄箱について各々自分の靴箱へ向かう。
私も靴箱の蓋に手をかけて開けた瞬間、予想だにしない光景に固まった。
「どないしたんさん……ひえっ!」
蓋のつまみを持ったまま動かない私を不思議に思った子猫さんが視線の先、つまり靴箱の中を見た。
そこには芋虫やら蛾や、とにかく虫がうじゃうじゃと入っていたのである。
同じく不審に思った志摩と坊が覗き驚いている。
志摩なんかうぎゃあと悲鳴を上げて卒倒しかけていた。
「おまっ、何やこれ!!」
「あー、なるほど。お次はこうきましたか」
「どういうことや!」
いたって冷静にふんふんと一人納得していたが、坊に詰め寄られてしまいこれまでの事をかいつまんで話した。
「とまあ、そういう訳でして私があんま反応ないんが気に入らんのでしょうね。今回のも志摩の方がむしろええリアクションしてますもん」
「そらするわ!こんなん誰でもビビりますやろ!!」
「うーん、まあ…ちょっとは」
「嘘やんこの子おかしいわ」
いやあと照れていたら子猫さんに「照れるとこちゃいます」ときっぱり怒られてしまった。
子猫さんに叱られると辛い。
「いつからや……」
坊が絞りだすような声で言う。
それにぎょっとして私はなぜか慌ててしまいしどろもどろになりつつ「一学期の半ばくらい…?」と答えた。
すると坊は私の肩をがっと掴んできた。その力の強さにまた驚いて、さっきから驚いてばっかりだと片隅で考えていた。
「何ですぐ俺に言わんねん!」
「えっ」
「こんな…ようけ酷いことされてて何で一言も相談してくれへんのや!俺はそんな頼りないんか!」
「ちゃいますよ!そんなっ、そういう訳じゃなくてわざわざ言うことでもないと思ったからなんです」
「はあ!?これだけのことされててか!」
「そうですよさん。これはちょっとやりすぎやわ」
「そうなん?私ほんま色々されましたけど全く平気やったんです。
それにあっちもいつか飽きるやろうと思ったし。
だから決して坊や子猫さん志摩が頼りないとかそんなんとちゃうんです……すみませんでした」
それほどまでに心配されるとは。
思わずばつが悪くなって俯いてしまう。
肩に置かれた坊の手がゆるゆると降りてきて私の両手を掴んだ。
「が謝ることちゃうやろ。それでも俺は言うてほしかったんや……家族やろ!」
はっとして顔をあげる。
そこには真剣な表情の坊がいて、心配そうな子猫さんがいて、へらりとしまりのない顔で笑う志摩がいる。
私は当たり前のことに気づかずに、大事に思う人達に心配をかけてしまっていたのだ。
その気持ちが嬉しくて頬がゆるんでしまうのを抑えきれなかった。
「な、なに笑てんねん」
「いや、私は幸せもんやなあと思って。ありがとうございます」
「そんなん当たり前のことやろ!」
「でもさんどうしはるんですか。また明日から嫌がらせされるとちがいます?」
「そうやな……今まで黙ってたけどこれ以上心配かけるわけにもいかんし、明日ビシッと言うてみますわ。
もし、それでも止めへんようならそん時は助けてくれますか?」
「もちろんや」
「さんなら一人でぶっ飛ばせそうですけどねえ」
「志摩はどつかれたいん?」
「すんません!」
それから今度は急におかしくなって笑ってたら「笑とらんとはよこれ片付けるで」と坊にせっつかれた。
それから坊と子猫さんに手伝ってもらって虫だらけの靴箱をきれいに元通りにした。
もちろん志摩は後方で傍観しているだけである。
集めた虫を運動場の茂みに放して、今度こそ三人で家へ帰った。
明日どうしてやろうかと考えながら。
*****
翌日、私は早速行動に移した。
というより都合よく件の苛めっ子達が朝私が席に着くなりやって来たからだ。
「よう、。昨日のプレゼント気に入ったやろ」
「さすがにビビってもうたか〜?」
ニヤニヤと笑みを貼りつけていつものようにいびってきたが、今日の私は反抗すると決めてきたのだ。
大きく音が出るように両手を降り下ろし机を叩く。
バンッとわりと大きな音がうまく出たのでそれに彼らは驚いている。
「もうそろそろ無視すんのも飽きたんで言わしてもらいますけど」
立ちあがり苛めっ子達の前にずいと前のめりに詰め寄る。
すっと息を吸い込んで、睨み付けるとわずかに怯んだ様子だ。
「こんなしょうもないこともうやめてくれませんかねえ。
こっちは別に何も思とらんのですけど、いつまでもねちねちねちねちしつこすぎません?暇なんですか。
その時間を遊ぶなり勉強するなりもっと有意義なことに使ったらどないです?
次またいつもみたいに何かしら嫌がらせするんであれば、私はそれを二倍にして返します。
机を落書きするなら君達の机に黒々みっちり写経して差し上げます。
昨日のように靴箱に虫を入れたならそちらの靴箱にもムカデでも芋虫でも蜘蛛でもあらゆる虫を詰めこみます。
いいですか私は本気です。そんなわけあらへんやろとたかをくくるのであればどうぞ実践してごらんなさい。
私は必ずそれを返してみせます。やったらやり返されるんです。これまでのことはやり返しなんてしませんから。
ええですかもう一度だけ言いますよ。二度とこんなことするな。以上です」
つらつらと一気に捲し立て、私は席についた。まだ呆気に取られている苛めっ子達を一瞥する。
「わかったら散れ」
それだけ付け加えれば苛めっ子達は顔を青くしてそそくさと自分の席に帰っていった。
ちょうどタイミングよくチャイムが鳴って、ふうと大きく息をはいた。
ちゃんと言えてよかった。これで多分大丈夫だろう。
まだ一限目が始まったばかりなのにすでにやりきった感が満載で早く帰りたいとばかり思っていた。
それからは彼らはぴたりと私に絡むのを止めた。
正直口で言っただけで止めるものではないだろうと思っていたので驚いている。
宣言した通りやられたらやり返そうと決意していたのだが。
一連のことはもちろん坊達に話した。どうだったかと気にしていたし。
そっくりそのまま説明すれば志摩からは「さんえげつないわあ」と若干引かれ
子猫さんは「強いですねえ」と感心され、坊からは「まあ無事済んだからよかったわ」と半ば呆れ気味に言われた。
この事がきっかけで私はまたみんなに迷惑や心配をかけてはいけないとなるべく人付き合いをするように心がけた。
自分のできる範囲だが。
あの発言でてっきりクラスの子には更に溝を深くしてしまったのだと思っていたのだけど
意外にも女子から苛められているのを見てみぬふりをしてごめんと謝罪されたのだ。
それからぽつぽつと交流することも増えて、普通の子ども達と変わらず友達が出来たのだった。
*****
あれから数年経ち、私は高校生になった。
祓魔師になって坊や寺のみんなの役に立ちたいと思い、坊や子猫さん志摩に付いて正十字学園に入学した。
そこで今は高校と祓魔師の両方の勉強に励んでいる。
初めはクラスの人達や寮の同室の子と仲良くできるか坊や子猫さんに散々心配されたが
私もそこは高校生にもなり、この15年+生前の分の歳で学んでいるのだ。
クラスでは数は多くはないが友達も出来たし、同室の子とは読書という趣味も合って話もあい仲良くさせてもらっている。
それから忘れてはいけない祓魔塾も。
勉強は大変だがなかなか興味深い所もあるし、同じクラスの子もおもしろい人達ばかりだ。
これから大変なことも多いだろうけど、今のこの生もおもしろくいとしいものたちばかりで好きである。
17.3.20