昨日は色々と本当にまあ色々とありすぎてよく眠れなかった。
顔を洗って少しシャキッとしたが、まだ半分くらい頭は寝ている気がする。
のろのろと廊下を歩いていたら、こちらに気づいたのか子猫さんが小走りでやってきた。


「おはよー子猫さん」

「おはようさん。せや!大変なんや!ちょっとさんも一緒に来て!」


ぐいぐいと腕を引っ張られて、なすすべもなく連行される。
何があったかと聞いても答えてくれず、黙ってついていくことにする。
途中で坊と和尚も合流して広間の一室へと案内された。
そっと皆で中を覗いてみると、柔造さんと蝮さんが二人並んで座っている。
その向かいに八百造さんと蟒さん、金造さんや錦さん青さんもいた。
志摩家に宝生家が揃って何の話だろうかと様子を窺う。


「せやから俺、蝮もらいますわ!」


神妙な空気をにっこりと笑顔と共に柔造さんはとんでもないことを言いのけてぶち割った。
誰もがその爆弾発言に固まる中、当人達だけでやいのやいの言い合っている。
乗り気の柔造さんに蝮さんは聞いてなかったのか反論しているようだった。
おまけに柔造さんが昨日は自然な成り行きで―なんて更なる爆弾を投下したものだから辺りは騒然としている。
というかご両親の前でなんてことを。ほら、なんか八百造さんなんか白目剥いてるし。
蟒さんも俯いているが空気がおかしい。
その内金造さんや宝生姉妹が言い争い始めてしまった。


「なんやコレ……」

「…はは!」

「間違いでなければ柔造さんと蝮さんが結婚するいうこととちゃいますか」


呆気に取られる坊と楽しげに笑っている和尚。
わいわいと混沌と化してきた場をぴしゃりと収めたのは蟒さんのお叱りの一言だった。
それを怒っていると見なしたのか八百造さんが取り持つように、蝮さんが承服していないようだからもっと話し合えと促す。
それに便乗するかのように宝生姉妹がそうだそうだと口を揃える。
それでもどこ吹く風で柔造さんが改めて蝮さんへ嫌かと聞いた。
蝮さんは不浄王の一件で罰を受ける身だから結婚なんてできないと断ったが、結婚自体を罰にすればいいと言う。
それに蝮さんは顔を赤くして


「こっちはアンタほど単純やないんや!……ば、罰に思えへんから…!」

「姉さまあーッ!!」


いやああ、と姉妹が絶叫する。
これは蝮さんも満更ではないということか。
ほう、と柔造さんと思わずシンクロしてしまった。
そこでまた事を静観していた蟒さんが口を開いた。


「今回の件で蝮は称号剥奪の上、除團処分は免れん。
 右目も…もう元には戻らんそうや。―あんた、そんな娘でもええんか」


蝮さんは大変な事をして、また自身にも重い傷を残してしまった。
それを鑑みて蟒さんは祓魔師として親として柔造さんへ問いかけているのだろう。
一方の柔造さんは当然心得ているとしっかりはっきりと答えた。


「はい!改めて蟒様。蝮を俺にください」

「く!!…こちらこそ宜しく頼む!!」

「ありがとうございます!!」

「ちょっ!早っ!父さま!私はまだ…!」


柔造さんが返答するや蟒さんは光の早さで頭を下げた。
畳に頭突き刺す勢いだよ。ズシャアっていったもの。
柔造さんも同じくらいの勢いでやってるし。


「さすが柔造…男やな……」

「いやあこりゃめでたいわ」

「ほんまですねえ」


とりあえずはまあ、和尚の言う通りめでたい話でよかった。
昨日から大変なことが続いていたから、こういう明るい話題もあっていい。

そういえば私も昨日、坊と付き合うことになったんだよなぁ…。
これってやっぱりここを発つまでに報告すべきなのだろうか。
ちらっと目線を広間に戻す。未だ賑やかに、主に金造さんらが争ってるのを見て閉口する。
いや、ちょっと後で考えよう。
軽く遠い気持ちになっていたらいつの間にか坊と和尚が話していた。


「お前一人で気張らんでもみんな勝手に進んでくんやさけ、放っときぃ」

「何十年も気張っとったんはアンタやろ。何で放っとかんかったんや」


襖一枚隔てたこの空間での急な温度差にどきりとする。
あっちは祝福ムードの盛り上がりなのに、こちらはしんと空気が静まり返っている。
でも和尚はとても穏やかな顔をしていて、それに何だか少し安心した。


「お前が大事やったからや」


それだけ言って和尚は背中を向けて歩き出す。
追いかけるように坊が「もう経は詠まへんの」と声をかけた。


「お前にはもう子守唄いらんやろ」


振り返ることなく和尚は去っていってしまった。
残された坊はどことなく寂しそうな表情で見送っていた。
そうか、和尚はもう役目を終えられたのだな。
坊は昔からその背中を見て、それから和尚の代わりに寺を立て直すのだと頑張ってきた。
今、改めて色んなことが分かって、終わって、坊はもしかして目的を見失ってしまったのではないだろうか。
わからないけど、でも…なんとなくそんな気がする。
どうすることもできないかもしれないけど
何か声をかけようかと考えて二の足を踏んでいると志摩がいつの間にか広間を覗いていた。


「うーわ!柔兄結局蝮姉さんを…!?ほとんど身内やんけ…ひくわあ」

「志摩さん」


さすがの空気クラッシャーである。全然来たことに気がつかなかったぞ。
というかその発言、もしや私達にも当てはまるんじゃないだろうな。
まだ誰にも言ってないけど、こいつに言うとさっきの言葉丸々そっくりきそうで嫌だなあ…。
そんなことは露知らず。志摩は私達のことを探していたという。


「みんなで京都観光行かへんってことになったんよ。準備できたら門のとこで集合な」







*****







京都巡りの提案はとても良いものであった。
お寺や神社をまわったり、甘いものを食べたり、お土産屋さんを冷やかしたり。
昨日まであんな壮絶な戦いをしてたとは思えないくらい平和で楽しくて、改めてみんな無事でよかったと実感する。
特におもしろかった事が最後に奥村がどうしてもと言って京都タワーに登ったのだが、最後にそこで記念撮影を撮ったのだ。
前列に奥村が並んだので、後列の私達でローマ字でサタンの人文字をやろうと言う話になったのだ。
意外に乗り気だった奥村先生も含めてこっそりとみんなでポーズをとる。
私はというと然り気無く奥村の隣に並び、みんながポーズをとってるのを気づかれないように話をして気を紛らせる役をやった。
思惑は成功して撮り終えた所でちょうど奥村が振り返って怒っていたけど
本気で怒っているわけではなく、むしろちょっと嬉しそうだった。
私もそれをいじりながら笑って、本当にまたみんなが元に戻って良かったと思ったのだった。

その後帰ってから虎屋の手伝いをして、半ば無理矢理金造さんのライブへ連行されて
思ってたよりハードな内容のライブに放心しつつ入浴を済ませて一息つく。

夜もすっかりふけて、昨日とは違った疲れがずしりとのしかかっていた。
いろいろありすぎて数日の話なのにもう何ヵ月か経過したんじゃないかと思うくらいだ。
疲れはしているが遊びに行って楽しかったのと
金造さんの爆音ライブのおかげですっかり目が冴えてしまい、それなら少し夜風にでとあたろうと部屋を出た。


程なく歩いた所で和尚と虎子さんが二人仲良く縁側に並んで座っていた。
声をかけようか迷っていたらこちらに気がついた和尚と虎子さんが手招きした。
そろそろと近づいて二人の斜め後ろに正座をする。


「今日はちょっとは息抜きできたか?」

「はい、おかげさまですごく楽しかったです」

「そらよかったなあ」

にはえらい働いてもらったからなあ。最後までいっぱいお手伝いしてくれてありがとう」

「そんな!ええんです、お手伝いするのは当たり前のことですから」


は昔からええ子やったもんねえ、と虎子さんは和尚と顔を見合わせて褒めてくれる。
それが気恥ずかしくて意味もなくもぞもぞと正座した足を動かした。


「そういや、竜二とは仲直りできたみたいやな」

「はい」

「あら、竜二と喧嘩しとったん?」

「ええ、まあ……ちょっと色々ありまして」


苦笑いで濁してしまったが、虎子さんは全然気にしていないようで「気づかんかったわあ」ところころ笑っていた。


「無事に仲直りできたんやったら良かったわ」

「えっと、その、それで言わなきゃいけないことが」


仲を戻せただけでなく、そのままの流れで付き合うことになったということを二人に伝えなければいけない。
しかし、それを言うにはいくら和尚達とは言えどすごく緊張する。
むしろこの家族同然であるからこそ緊張するのかもしれない。
固まりそうになる口を懸命に動かした。


「実は…坊…じゃなくて竜二さんとお付き合いすることになりました!」


ぎゅっと握りしめた拳から視線を上げると案の定、二人とも驚いている。
その反応は分かってはいたが、いざ目の前にするとなんだか大丈夫なのかと不安になる。


「ああ、あのっ!竜二さんに手を出してすみません!!
 いや、まだ手は出してませんけど、竜二さんのこと幸せにしますし、大切にしますので!どうか許して下さい!!」


言い終わるやいなやすぐに土下座をした。
これ今朝柔造さんと蟒さんがやってたなと頭の隅っこで思う。
自分でも何を言ってるか分からなくなったしグダグダだが、これは本心でもある。
坊を不幸にしたくないし、守りたいし、大事にしたい。
反応を見るのが怖くて土下座のポーズのまま固まっていたらそっと背中に暖かいものが乗せられて思わず顔を上げた。
傍に和尚がいて乗せられていたのは和尚の手のひらだった。


「土下座なんてせんでええ。そんなんすることとちゃうやろ」

「そうやで落ち着いて」

「……怒っとらんのですか?」

「まさか、怒るわけないやろ。柔造と蝮の事といい、めでたいやないか。なあ虎子」

「ほんまやねえ。なら安心して竜二のことまかせられるし、嬉しいわ」


反対されたらどうしようかと思っていたので、まさかこんなに迎えてくれるとは。
ほんわかとした空気すら流れていて、こちらも肩の力が抜けた。


「なんなら今すぐお嫁さんに来てもええくらいやわ」

「そうやねえ」

「いやいや!まだ昨日付き合うようになったばかりなんで」

「なあ、竜二」


ぱたぱたと振っていた両手がぴたりと止まる。
今、和尚なんてに言った?ここにはいない坊の名前を呼んでたような……。
和尚は私の後ろを見ていて、恐る恐る振り返ってみる。


「えっ!?ぼ、坊!いつからそこに!?」


いつの間にいたのか、私の後ろ側の部屋から坊が気まずそうに出てきていた。
その様子から察するにもしかして今までの会話を聞かれていたのではないかと顔に熱が集まってくる。


「ちょ、待ってほんまいつからいたんですか」

「俺とが仲直りしたとかそんな話しとった時から」

「それ最初からですよね!?」


つまりはあの私のあたふたとしたテンパった報告のあれも聞かれていたわけで。
今すぐこの場から叫んで逃げ出したい。恥ずかしすぎる。


「ていうか何でお前が先言うねん!俺が後から言おうと思ってたのに」

「そ、そんなん知らへんやん!こっちかてちゃんと言うとかなあかん思うてたし」


ちょっと悪いなと思いつつもついつい反論してしまう。
こちらとてまさか今言うことになるとは思ってなかったのだ。
ふと私の背後に目をやった坊が「なに笑てんねん!」と怒ったので振り向くと和尚と虎子さんがにやにやと笑っていた。


「そないに怒らんでええやないの。ええことなんやから」

「そうやで竜二。まあ確かに先に言いたかったって気持ちも分かるけどなぁ」


あらあら、まあまあと微笑ましい目で坊を見るご両親にいよいよ居たたまれなくなったのか
「あー!もう、いくで!!」と私の手を取って二人とは反対の方へ歩き出した。
私は引っ張られつつ慌てて二人に失礼しますと声をかける。
相変わらずにこにこと笑って手を振って見送られた。






*****






しばらく歩いて離れた所でふいに坊が立ち止まったので、軽く背中に顔をぶつけた。
そんなことも気にならないのか坊は私に向き直ると難しい顔をしている坊と目が合う。


「普通ああいうのは俺が言うことやろ……」

「なんのことです?」

「俺のこと幸せにするだのなんだの言うとったやないか」


少し恥ずかしそうに言われ、ああ、それでと合点がいく。
確かに先程の和尚たちとのやり取りは言ってしまえばプロポーズ紛いのものだった。
まだ正式に彼氏彼女という形になったのは先日のことだが、私と坊は生まれた頃からずっと一緒にいた。
だからああいう風に言ったことは、一朝一夕で培われたものじゃないのだ。


「そりゃあ、そうですよ私は坊のこと」

「竜二」

「…竜二さんのこと好きやから幸せになってほしいし、ずっと一緒にいたいし、大切なんです」


坊の顔が赤く染まる。私もきっと同じようになっているのだろう。
坊の両腕が伸びてきてそっと引き寄せられる。触れる体温がすごく熱い。


「俺も同じこと思っとる。……なあ、

「はい」

「これから先何があっても必ずお前のこと守るし、なるべく辛い思いはさせへん。だから、ずっと俺の傍におってほしい」

「はい。私でよければ」


抱き締めていた腕が緩んで、私の左頬に手を寄せられる。
静かに目を閉じれば坊がそうっと近づいてくるのが分かる。
軽く唇が触れて瞼を上げれば赤い顔の坊と視線が交わった。


「真っ赤ですね」

「……お前もやろ」

「まあそうなんですけども」


それからさっき和尚と虎子さんがしていたように二人並んで縁側に座って、ぼうっと夜空を眺めていた。
今宵の月はちょっとばかり欠けている。そこでふと思ったことを坊に聞いてみた。


「さっきのですけど、竜二さんのもプロポーズみたいですよね」

「まあそうとも言えるわな」

「いやでも昨日付き合うことになったばかりやのに竜二さんも嫌でしょう」

「嫌とちゃうわ。俺はお前としか結婚する気ない」


さらりと今度はあちらから爆弾発言をされて卒倒しそうになる。
なんなの、坊は私のことを殺しにかかってるの?
今までで一番赤面しているだろう顔をわっと両手で隠して膝につけて踞る。


「…………なんでそないなことさらっと言うかなぁ」

「なんや嫌なんか」

「嫌なわけないじゃないですかぁ。むしろよろしくお願いします」

「おう、よろしく」



肩を引き寄せられてあやすようにぽんぽんと叩かれる。
さっきまでそっちも茹で蛸みたいになっていたのに、いつの間に復活したんだろう。ほんとずるいわ。

恥ずかしくも嬉しい、まさか京都の激動の最後にこんなシメがあるとは思わなかった。














17.12.16