京都出張最終日。
こちらでやるべきことを終えて、私達も帰ることになった。
しばらく虎屋での食事もできないな、としみじみ朝ごはんを頂く。うん、今日もおいしい。
右隣には志摩が座り、目の前には坊、その隣は子猫さん。
奥村やしえみ、出雲も揃って朝食を囲んでいる。
「はあ、やっと離れられるかと思うとほっとするわぁ」
「それは志摩家を指してるん?」
「当たり前やろー。みんなしてやいやいうるさいし、かなわんわ」
「案外離れたらその騒がしさが恋しくなってくるかもしれんで」
「ないない!気持ち悪いこと言わんとってえやさん」
志摩は両腕を抱いてげえっという表情をした。
志摩家は賑やかでおもしろい家族なんだけどなぁ。
まあ、血の繋がりがあるとそうではないのだろうか。
ぱりぱりと漬物を噛み、続いて白ご飯を口に放り込む。
坊が志摩に何か言って、子猫さんもそれをたしなめているのを見ながら玉子焼きに手を伸ばそうとした時だ。
ドタドタと激しい足音が聞こえて、すぐに広間の入口にその音の主が現れた。
「うわ、金兄や」
つい先日、志摩は朝食の席で金造さんに強烈なドロップキックをお見舞されていたので警戒しているんだろう。
金造さんは昔から志摩にシバキ愛みたいな絡みをするので、志摩は心底それを嫌がっていた。
金造さんの姿を見た瞬間さっと私の体に自分の身を隠した。おい。
「ちょっと志摩。隠れきれてないから。丸見えやからな」
「大丈夫や、俺は空気やから金兄には見えてへんから」
「んなわけあるかい」
私は空気私は空気とぶつくさ言って隠れているので無視して先程つかみ損ねた玉子焼きを頬張る。
一方金造さんはというとキョロキョロと辺りを見回している。そしてこちらへばっちりと視線が合った。
途端「あっ!おった!!」と声を上げたので志摩はびくりと身体を揺らした。
「探したで!コラァ!!!」
「えっ!私!?」
思いもよらない指名に驚いた。
なんで私なんだ。何もした覚えはないぞ!
みんなも何だ何だとぽかんとしていたが私も同じ気持ちである。
そのままずんずんとこちらへ近づいてきたと思えばすばやく私の背後をとって首に金造さんの腕が回った。
要するに首を絞められている。
「ちょっ!いだだだ、金造さんっ!いきなりなんなんですか!」
「おっまえ!やりよった、やりよったなぁ!」
首を締められた瞬間持っていたお茶碗とお箸がぽろりと落っこちたが、寸前で志摩がキャッチしてくれた。
ナイスキャッチ。言ってる場合じゃないけども。
「ちょ、ちょっと金兄いきなり何言うてるん」
「どないしはったんですか」
「おい、金造!の首絞まっとるから離したれ」
坊の鶴の一声で金造さんの拘束が緩まった。
すかさず振り返って防御体勢を取る。再び首を狙われないようにするためである。
「朝っぱらからいきなり何するんですか!私なんかしましたか!?」
「おー、しとるしとる。しまくっとるわ!、坊に手ぇ出しよったな!!」
手を出す?とみんな多分一様に疑問符を散らしているが私と坊だけは察してしまった。
奥村なんかは「、勝呂のこと殴ったのか!?」などと明後日の方向へ勘違いしている。
「違います!まだ手は出してないです!ていうかこれ昨日も同じやりとりしましたわ!」
「お前何言い出すんやアホ!」
「でも俺は昨日ばっちりと和尚たちが話してるとこ見たんやからな!」
金造さんがビシッと指をさして言った事に固まった。
いやいや昨日のあれってそういうこと?あれだよね、あれを見たってことだよね?
ひきつりそうになる頬を動かして恐々尋ねてみる。
「見たってどこからどこまでを……?」
「が坊と付き合ってるー言うて土下座かましたとこまで」
しれっと述べられた言葉に今度は皆が固まっていた。
金造さんに注目していたたくさんの目玉が今度はこちらに一斉に向く。
数秒の沈黙の後、続けざまにえー!だの、はぁ!?だの絶叫が部屋にこだました。
「いやいや、ちょ、マジで言うてるん?」
「ほんまなんですか、坊、さん!」
「勝呂お前いつの間に!」
「あー、あー!お前ら落ち着け!うるさいわ!」
わっと囲まれ口々に問い詰められるものだから、坊はそれに負けじと声を張っている。
そんな中、しえみがおずおずと「ちゃん、ほんとなの?」と控えめに聞き
更には出雲まで「あいつと付き合ってんの」と聞いてきたので私も固まっていた首をこくりと動かせた。
「そうなんだー、おめでとうちゃん」
「うん?ありがとう、なんやろうか…」
「なに、あいつのどこが良かったわけ?」
「なんや神木その言い種は!」
「純然たる興味よ」
なんか異様に盛り上がってしまった。
まさかあそこで金造さんが目撃してたなんて思いもしなかった。
でもその後の事までは見られてないようで本当によかったと思う。危なかった。
「いやほんま昨日の柔兄といい、身内で連チャンとか……」
「あー、志摩はそう言うと思ったよ。申し訳ないですねえ」
「別に謝られる事とちゃうけどな」
「ほぉらみてみい!手ぇ出したこと認めたやないかい!」
「だから付き合ってるってだけじゃないですか!」
その後掴みかかってくる(じゃれてくる)金造さんをかわしたり
坊が奥村達に質問攻めにあったり、ぎゃあぎゃあ騒ぎまくってるのは柔造さんが来て一喝されるまで続いた。
ちょっと進展しただけでこの騒ぎとは先が思いやられるなあとため息をついた。
*****
そんな騒がしさも過ぎていよいよ出発の時になった。
お世話になりましたと各々挨拶したり、明陀のみんなが坊たちを囲んで話しているのをそっと後ろから見ていた。
すると視界の端で和尚がちょいちょいと手招きをして呼んでいるのが見えたので駆け寄った。
「和尚、騒がしくしてしまってすみませんでした」
「ええよ、それはこっちもやからなぁ。はようがんばってくれたわ」
「そうやで、ほんま助かったわ」
虎子さんも隣に来て優しく頬笑む。
それになんだか初めてここを出た時の事が思い出されて胸がつまった。
「体には気をつけてな。ちゃんとご飯食べるんやで。あんま無理したあかんよ」
「はい」
「竜二のことよろしく頼むで」
「まかせて下さい」
少し泣きそうになるのを堪えて笑うと二人から次々に頭を撫でられた。
こういう時に私は中身は大人でも子どもと変わらないんだなと感じる。
それから間もなくして出発の時間がきた。明陀の皆に見送られながら歩きだす。
「なあ、。さっき何話しとったんや」
「さっき?ああ、和尚と虎子さんと?別に特に変わった話はしてませんよ。
体には気をつけろとかそんな感じのことを話してただけです」
「ほんまか?なんや余計なこと言うとったんちゃうやろな」
「何も言うとりませんよー」
「坊、さん朝からいちゃつかんといてえやー」
「なんやねん志摩!普通に会話しとるだけやろ!」
ちょっかいかけてきた志摩に坊が構いに行ってしまったので、すぐ傍でそれを見守る。
志摩の首に腕を回して絞めている坊を子猫さんがたしなめて、騒がしく忙しい、いつもの日常がまた始まった。
これから先、大変なことがたくさんあるだろう。
過去の事を時折思い出して悩むこともあるだろう。
それでも私はこんなにいい人達に恵まれている。
坊も志摩も子猫さんや明陀の家族、奥村やしえみや出雲達学校の仲間。
大事だと思える人がこんなにも増えた。
守るだなんて大層なことが自分にできるかは分からないけど、もう後悔するような生き方はしたくない。
いつの間にか止まっていた私に気づいて坊が振り向く。
「なんや、どないした。置いてかれるで」
「はい、すぐ行きます!」
坊の隣に並んで歩き出す。
願わくはこの人の隣にずっといられますように。
ただそう願った。
17.12.16