「よーし、今日はここまで」


教師の言葉と終わりを告げるチャイムが鳴り、皆一斉に動き出した。
一気に騒がしくなる教室に私も思いっきり腕を伸ばしてあくびをした。


「あー、だるっ」

さんずっと眠そうやったもんねえ」

「昨日遅くまで経典の暗記やっとったからなあ」

「今日テストあるもんね。それにしても眉間にシワ寄せてえらい顔してはりましたよ」

「えっ!うそ!」


眉間に指を当てて笑う子猫さんに私も思わずそこを押さえた。
眠気を堪えるが故に自然と険しい表情になっていたようである。


「あかんわー、先生になんやこいつって思われたんちゃうやろか」

「大丈夫やと思うで、僕らの席後ろの方やし。別に寝てたわけでもないから」

「そうやとええけど」


下手に先生に目をつけられたらやっかいである。
まあ、普段の授業態度も悪くないし、勉強もちゃんとしてるし子猫さんの言う通り心配ないだろう。
昼休みに入り銘々教室内でお弁当を食べたり、食堂に行くなかで私と子猫さんも昼食をとるために立ち上がった。


さんは今日はお昼どうするん?」

「うーん、今日は一人で食べようかなあ」

「そうですか、ほなまた後で」

「はいはーい」


ひらひらと子猫さんに手を振って、私もランチバッグに財布やらポーチやらを詰め込んで賑やかな教室を出た。





*****





お昼はいつもの坊、子猫さん、志摩の三人と食べることもあれば
同じクラスの友達と食べたり、あとはこうして今日みたいに一人で食べることもある。
小学生の例の一件より人付き合いはよくするようになったのだが
一人の時間というものがほしくてたまにそういった時間をつくるようになった。

購買でサンドイッチと紅茶を買って、中庭の一角へと足を運んだ。
ここはちょうどうまい具合に木や茂みで隠れてて、端から見ても人がいるとは分からないのだ。
大きな木を背もたれにして、サンドイッチを食べた。
ツナ、タマゴ、ハムと程なくしてすぐに食べ終わり、ごちそうさまでしたと小さく言ってから紅茶を飲む。
ランチバックから文庫本を取り出して、前回読んだ所から再開する。
今日は天気も良くてちょうど日がここに差し込んでて暖かい。
そんな心地よい日和なものだから、だんだん眠気がやってきてしまう。
それでも本を読みたいので、無理やり瞼を持ち上げる。
しかし奮闘むなしく意識がだんだんぼやけてきた。





*****






目の前に広がった光景。
あれは確か、中学生のころの自分だ。
あの時もお昼休みに中庭の隅っこでお弁当を食べていた。
食べ終わって一息ついた頃に急に強い風が吹いて、巻き上がった砂ぼこりが目に入ってしまった。
痛いし目からは異物を押し出そうとぼろぼろと涙がこぼれてくる。
早く砂よ取れてくれと念じながら、その場に踞っていた。
背後からがさりと茂みをかき分ける音がして思わず顔を上げて振り返ってしまった。


っ!お前、なんやどないした!」

「坊…」


涙ですっかりぼやけた視界でも一目で誰だか分かった。
坊は私を見て慌ててこちらに駆け寄ってくる。
踞る私に合わせてしゃがみこんで腕の辺りを掴まれた。
その拍子にぽろりとまた涙がこぼれたが、どうやら砂は大量の涙で落ちきったようだ。


「こないな所で泣いて……また、誰かにいじめられたんか!?」

「えっ?ああ、ちゃいますよ!ただ目に砂が入っただけで」

「砂?ほんまか、嘘ついてへんやろな」

「ついてないですよ。大丈夫です、いっぱい涙出たおかげで砂も取れました」


本当になんでもないと笑ってみせればようやく坊は安心したのか
険しくした表情をゆるませて「そうか」と安堵したようだった。


「せやけど、なんでこんな人気のない所おんねん」

「たまに一人になりたくてここでお昼食べる時があるんです。
 友達といっしょに食べるんもええですけど、一人で静かに食べたり本読んだりすると落ち着くんです」


坊にはあの時以来ずいぶんと私のことを気にかけていた。
普通に友達が出来てからも何かとトラブルなんかがないか
ちゃんと仲良くできてるのかとか、親のように心配してくれている。
そこでふと坊がなぜここにいるのかという疑問がわいてきた。


「坊こそなんでここに来はったんですか?」

「お、俺は別にたまたま近く通っただけや!なんか人の気配すると思って覗いてみただけで」


至って普通に尋ねただけなのに、坊は少し顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
たまたま近くに来ただけ。
それが本当のことならそんな反応をしないのではないか。
しばし考えてみて思いたったことを聞いてみる。


「もしかして、私のこと探してくれたんですか?」

「……ちゃうわ」


歯切れ悪くぽつりとこぼした言葉は否定であったが、その様子からして答えは出ている。
それこそ坊が私のクラスを見た時、たまたま席を外してただけかもしれないのに
わざわざもしかしたらというだけで心配してくれたのだ。


「ふふっ」

「な、なんやねん」

「いえ、ただ嬉しくて。ありがとうございます坊」

「…たまたまや、ほんまの偶然やからな!」

「はいはい」


私がにやにやしているのを隠さずにおざなりな返事をするのが気に食わず
未だ顔を赤くして何か言いたげだったが、盛大にため息をつき弁解するのを諦めたようだ。
少しして落ち着いたのか坊はそういえばとふと気づいたと話し出す。


「でも、一人になりたいんやったら俺がおったらアカンな」

「いえ、大丈夫ですよ坊がおっても」

「せやかて、一人でおりたいからわざわざここにおるんやろ」

「そうですけど、坊ならいてもいいです。
 いっしょにおったらなんていうか…落ち着くといいますか……ほっとするというか」

「はあ!?」


坊は私の言ったことに驚いたようだった。
引いた赤みがまたぶり返している。
私にとってはそんなおかしいことではないのだけれど。


「坊の隣は安心するんです。自分でもあんまりうまく説明できないんですけど」

「そら、まあ…家族やし、当然なんとちゃうか」

「そうなんですかね…?とにかく坊ならいてもいいんです。
 もちろんよかったらというか迷惑じゃなければここにおって下さい」


気を悪くさせたくなくて必死に言えば、坊は黙ったあと「わかったわ」とぶっきらぼうにこぼすと私の隣に座った。
その不器用な優しさが嬉しくてなんだかむずがゆくて私はその時終始だらしない顔で坊と話していた。







*****







ぷつりとそこで映像が途切れる。
重い瞼を持ち上げて、今まで見ていたのが夢だったのだとぼんやりとした頭で考えた。
ふと自分の左側があたたかく、頭は何かにもたれているのに気がつき、そっと頭を持ち上げて横を伺い見る。


「おう、起きたか」

「……あれ、坊?」


隣に座っていたのは先ほどまで夢にも出ていた坊だった。
ただし今は昔のような黒髪ではなく、きらきらした金髪が真ん中にはしっているのだが。
寝起き特有のだるい身体を起こして、改めて隣を確認する。
坊が胡座をかいて座っておりその手には悪魔薬学に関する本が開かれていた。
腕時計を確認するとあれからおよそ20分くらい経っていた。


「うわ、坊いつからいたんですか。
 思いっきりもたれてましたけど重かったんじゃないですか?」

「大した重さとちゃうやろ。飯食ってんのか」

「たっぷり食べてますし、寝てますよ。ご存知の通りです」


寝てて乱れてた髪をさりげなく坊が手を伸ばして撫で付けた。


「ずっと肩貸してくれたんですね、ありがとうございます」

「別に……船こいどって今にも倒れそうで危なっかしくて見てられへんかっただけや」


ふいと反らされた横顔に夢に出てきたあの頃の坊が重なる。
いつだってそうだ。彼は優しい。私が一人になるのをきらう。
それは物理的にも心の内でも、ずっと気がつくと傍にいてくれた。
青い夜で両親を失ってから、できるだけ私がさみしさを感じないように坊も明陀のみんなもよくしてくれる。
私はこちらに来てからとても人に恵まれている。


「坊は私がどんな所に隠れてても絶対に見つけてくれますよね」

「なんや隠れてたんか」

「そんなつもりはないんですけど。まあ実際見つけにくい所によくおるんで」

「そうか。でもはそのつもりでも案外分かりやすいとこおるで。見つけてくれって言うとるみたいや」

「えっ!ほんまですか!?何それ私めっちゃかまってちゃんやないですか。
 全然自覚ないんですけど、そうだとしたらすごい恥ずかしい」


本当にそんなつもりはなくて、ただただひっそりと静かに過ごしたかっただけなのだが。
坊からそんな風に見えていたのだとしたらものすごくいたたまれない。
羞恥に両手で顔を押さえていたら横から伸びた手が頭を数回撫でていった。


「心配せんでも俺にしかそう見えてないと思うから安心せえ」

「……確かにこの一人の時に来るのって坊しかおりませんけども」

「わざわざあないな所に隠れるようにしとったら見つけたくなるんが人の性やろ」

「そういうもんなんですか」

「そういうもんや」


私の頭から手を離すとまた坊は手元の本へと視線を戻した。
持ってきていたペットボトルの紅茶を飲み干して、息をつく。
さわさわと木々の葉っぱが風で擦れる音、遠くに生徒の楽しそうな声が小さく聞こえて、ここはひどく静かだ。
ぼうっと背凭れにしている頭上の木を見上げて、そのまま隣にいる坊の肩へ頭を乗せた。
またはじめに逆戻りである。


「おい!何しとんねん、もう一回寝るつもりか!」

「休憩時間終わる頃に起こしてください」

「もうなんぼも時間ないやろ……ってほんまに寝よった!」


目を閉じれば坊が諦めて「しゃあないやっちゃなあ」なんてぶつくさ言いながらそのままにしてくれた。
残りの休憩時間はわずかだが、それでもあと少しだけこのあたたかさに浸りたかった。
坊がいれば寝過ごすことはないだろうと安心して、再びやってきた眠気に身をまかせた。











17.3.20