「おはよう子猫さん。あれめずらし志摩もおる」
「おはようさん」
「おはようさん。めずらしいって酷いわあ、ちゃんと遅刻せんと来たのにほめてほめてー」
「おーおーえらいなあ志摩くんは。飴ちゃんあげるわ」
「めっちゃ棒読みやん!」
いつものように寮から登校していたら、子猫さんと志摩に会った。
遅刻常習犯の志摩がきっちり時間通りに登校していたので、もしかしたら今日は雨が降るのかもしれない。
差し出した飴を志摩は文句を言いつつもポケットに入れている。
子猫さんにも飴を渡せばこちらはきちんとありがとうと礼が返ってきて、これだけで志摩と子猫さんの出来の違いが分かるというものだ。
そのまま並んで学校へと向かっていたら、前方に坊と奥村君がいた。
これもまためずらしい。
「おはよう奥村、坊も」
「おーお前ら、はよ」
「おはよう。志摩がいっしょなんはめずらしいな」
「坊までそないなこと言う!
そっちこそよう遅れてくる奥村君に早起きの変態の坊といっしょなんてめずらしいやないですか」
「誰が変態やねん!」
「たまたまいっしょになっただけだよ。
つーか遅刻云々は志摩にだけは言われたくねえよ!」
朝から賑やかだなあと思っていたら、子猫さんも同じことを考えていたのかぱちりと目が合う。
そのままお互い苦笑して二人と合流し短い学校への道を歩く。
程なくして玄関へと辿り着いて各々自分の下駄箱に向かった。
私も靴を履き替えた所で後ろから名前を呼ばれて振り返った。
「さん!おはよう」
「田中君おはよ」
声をかけてきたのは最近本好きという共通のことで仲良くなった田中君だった。
彼とはクラスは違うが図書室でちょっとしたきっかけがあり知り合った。
それからよく本の貸し借りをしたり、感想会をやったりしてなかなかいい友達付き合いをしている。
「これ、すごくおもしろかった。ありがとう」
「わざわざ朝イチで返しに来てくれたんや。
この主人公の死神真面目やけどずれてておもろかったやろ?」
「そうそう、普通の人との感覚が違うから会話ひとつとってもちぐはぐでおかしいんだよね」
「うんうん」
この前読んでおもしろかった本を田中君に貸していて、それを返しにきてくれたようだ。
渡された文庫本を受け取って感想をもらい盛り上がる。
田中君もこの本はおもしろかったようで、よかった。
「あの、それでさん。今日の放課後時間ある?」
「放課後?塾に行かなあかんからちょっとだけなら大丈夫やけど…」
今日も今日とて放課後は祓魔塾があるので、少しだけなら時間はとれる。
とりあえず大丈夫だと返せば田中君はぱっと顔を明るくさせた。
「そっか!じゃあ放課後さんのクラスに迎えに行くから待ってて!」
「うん、わかった。それじゃあまた」
バイバイと手を振って別れた所で、背後から嫌な気配を感じた。
「さーん、見たでぇー」
「何よ志摩」
何故か妙ににやつきながら志摩が下駄箱から身を乗り出していた。
周りには志摩の様子に呆れたのか微妙な顔つきの坊や子猫さんに奥村もいる。
「さっきの人と何約束しとったん?やらしぃわぁ」
「別に何もやらしくないやろ。この前本貸しとったからその感想会するだけやし」
「えー?そうやろか。感想会やなくて、ほんまは違う用事ちゃうん」
またまたー、と言わんばかりに志摩が片手を口に当て、もう片方の手をちょいちょいと振りながら言う。
お前は近所のおばさんか。
「あの人って隣のクラスのさんが最近仲ようなったって人やろ?」
「そうそう。同じ本好きってことでね」
「よく本1冊丸々読めるよなぁ。俺すぐ眠くなるぜ。漫画は好きなんだけどよ」
「漫画もええけど小説もたまには読んでみたら?おもろいよー」
なあなあどうなんと謎のうざ絡みをしてくる志摩を無視して
子猫さんと奥村と会話を交わしていたらふいに坊がじっとこちらを見ているのに気がついた。
視線を合わせてなんだろうと首を傾げる。
「…塾には遅れんなや」
それだけ言うとさっさと教室の方へと行ってしまった。
えっ、なんか機嫌悪くなった?
私が祓魔塾を疎かにすると思われたのだろうか。
かろうじて「はい」とだけ返事をした所でチャイムが鳴ったので、坊に問うこともできず慌てて私達もクラスへ移動した。
*****
放課後、志摩、子猫丸、勝呂の3人組は木や茂みに隠れて向こう側の様子をそっと窺っていた。
「なあ、志摩さんやっぱりやめようや。こんなんさんに悪いで」
「何言うてはんの子猫さん。あのさんにもしかしたら春が来たんかもしれんのやで!」
今朝話にあったように田中がのことを放課後迎えに来たので、志摩が二人を連れて後をつけてきたのだった。
田中とはそれに気づかずどんどんと人気のない所へと足を運んでいき、校舎の裏手まで来るとようやく止まったのだった。
「アホか。こんなことしとる暇あったら単語の一つや二つ覚えたほうがええやろ」
「そんなこと言うて、ほんまは坊も気になるんですやろ」
にやにやと笑う志摩に軽く苛立ちを覚えた勝呂は静かにその桃色の頭を叩いた。
痛い!と抗議するもちゃんとその声は抑え気味にしてある。
「だってあのさんやで?
小学生はおろか中学の時も浮いた話なかったさんが告白されるかもしれんなんておもろいやろ」
「失礼やで志摩さん。さんかてええ所たくさんありますし
そらそういう話があってもおかしくありませんやろ。なあ坊」
「なんで俺に振るねん!」
「しいっ!いよいよ話始まりますよ!」
小声でやいやいと話していたが、相手に動きがあり口を閉じた。
ここまで来たら見守っていこうと志摩を除く二人は決めたのである。
「こないな所まで来てどないしたん田中君」
「ご、ごめん。実は話があって…」
「何?」
ちょうど三人からはしか見えず
田中のことは背中しか見えなかったが、その声の調子からして緊張しているようだった。
「あの、さん!前からさんのこと好きだった…僕と付き合ってください!」
きれいに頭を下げて田中は告白した。
はと言うと思いもよらなかったのか、驚き完全に固まっている。
「いやー!やっぱりそうやった!言った、言いよったで!」
「ちょお志摩さん静かに!」
自分の予感が当たったと興奮気味に隣の子猫丸の肩を揺さぶる。
それを小さな声ながらも厳しく諫めて、黙って続きを見守る。
「えっと……その、なんていうかびっくりしたわ。顔上げてくれへん?」
「うん」
「こんなんあんま慣れてなくて…。
田中君とは話も趣味も合って話してて楽しいし、好きって言ってくれてその気持ちは嬉しいんやけど」
一瞬強く風が吹いて、葉が鳴り、の髪の毛やスカートが風に揺れる。
切った言葉に不穏を感じたのか田中は難しい表情で続きを待った。
「好きな人がおるねん。だから田中君の気持ちには答えられへんわ」
時間が止まって何もかも音が無くなったように感じたのは田中だけではない。
覗き見ていた彼らもの発言に驚きを隠せていなかった。
ごめんな、と謝るに田中はようやく気を取り戻す。
「ううん。そっか、さん他に好きな人がいるんだ」
「まあな」
ふられてショックであろうに田中は笑みをつくってと話している。
それを見ながら三人の方も思考が追いついてきたようで志摩が問いかけた。
「えっ?ちょっと待って、断ったんはアレとして、さんに好きな人おるって知ってはりました?」
「いや…そんな話一度もしたことないですし」
彼らの知る限りではは恋愛事にはあまり関心がないと思っていた。
友達の相談に乗ったり、ドラマや漫画などで目にすることはあっても当の本人は縁があればとそれほど興味がなさそうだった。
それが今は確かに好きな人がいるからと断った。
「さんの好きな人って誰なの…?」
田中が意を決して問いかけた。声が固く強張っている。
それが聞きたかったと志摩達も固唾を飲んでの返答を待った。
するとはしばし黙りこんだ後顔を上げると
「ないしょ」
それだけを言った。
志摩達は最初が告白を断るための方便で好きな人がいると言ったと思った。
しかし今のを見てそれは違うと確信した。
照れくさそうに笑い、その相手を心から思っているといった幸せそうな女の子の顔だった。
「しかしまさかさんが恋をしてるとは。人は変わるもんやなあ」
「意外といえばそうかもしれんけど……坊?」
そこで子猫丸は初めて勝呂が黙りこくっているのに気がついた。
隣を見やれば複雑そうな表情の勝呂がいて、思わず声をかける。
「どないしはったんです坊」
「……何もないわ。それよりもう祓魔塾行くで」
「あ、はい」
勝呂の一言を皮切りに三人はその場を後にした。
背後ではまだ田中とがやり取りをしていたがもう彼らには聞こえなかった。
17.3.20