最近坊の様子がおかしい。
どこがどうおかしいのだと説明を求められると困るのだが、いつもの坊とは違うような気がするのだ。
何か悩み事でもあるのだろうかと思ったが、よくよく観察してみると志摩や子猫さん、あと祓魔塾の皆とは普段と変わらぬ様子で会話していた。
だが私と話してる時、表向きは普通を装っているが
どこか余所余所しいというか、喉元に何か引っ掛かっているような、そんな接し方であった。
なるほどおかしいと感じる要因はどうやら私にあるようだ。
しかし、それが確認できたとて一体その原因理由は何なのかがさっぱりである。
いつも通りに過ごしていた日から変だと思い始めた日の間に
私がなんぞやらかしたのではないかと胸に手を当てて考えてみたが、まったく思いあたる節がなかった。
自分で考えてみても分からなかったので、先ずは志摩に最近坊私に対してちょっと変じゃないかとたずねてみたのだが


「えっ?そうやろか…別にいつもと変わらんのちゃうか?ほらあ思春期ってやつですやろー」


ははは、といつもの2割増しにへらへらと言うだけで確かな答えは得られなかった。
志摩に相談したのが間違いだったのかと次に子猫さんに聞いてみた。


さんへの態度がおかしい?はあ…そうやねえ違うと言われればそうかもしれへんし…
 たぶんさんは間接的な原因ではあると思うけど、直接ーではないんとちゃうかな。
 これは坊の中での問題やと思うからさんは気にせんほうがええよ」


気遣うようにそう話してくれたが、ますます意味が分からなかった。
子猫さんに聞いて分からなかったら直接本人にたずねてみようかと思ったのだが
坊の中での問題だと言われてしまったのでとりあえず様子見にしておくことにした。







*****







相変わらずなんとなくギクシャクするなあと感じつつも、学校は夏休みをむかえた。
正十字学園は全寮制なので夏休みになれば里帰りするものも多い。
私と同室の友達もついこの前実家に帰るというので見送ったばかりである。
かくいう私達はと言うと祓魔塾の林間合宿がいきなり始まり、それどころではないのであった。
そもそも坊はもうご実家には戻らないつもりで出てきたので何もなかったとして帰るのかといえばきっと帰らないのであろうが。
でもいつかは帰省することにはなるんだろうなあ。夏は無理でも冬になる頃には…。
素直に連れて帰れたら良いのだけれど。

ぼんやりと重い荷物を背負って行軍する坊の背中を見ながら思った。
今は林間合宿の移動の最中である。


ちゃんどうしたの?あ!もしかして熱中症?」

「ううん違うで、大丈夫。しえみこそ倒れんようにちゃんと水分取りやー」

「うん、ありがとう!」


そう朗らかに笑うのは同じ祓魔塾の友人の杜山しえみだ。
ある日突然私の目の前に立ちはだかり「友達になってください」と言われた時は驚いた。
なかなかそう真正面にくる人はいないだろう。
その勢いと差し出された手、加えて紅潮した顔に一瞬自分は告白されたのでは?と馬鹿なことを思ったのは記憶に新しい。


「合宿大変かもしれないけどがんばろうね」


ぐっと拳を握って真夏の太陽に負けないくらいまぶしい笑顔の彼女に思わず目を細める。
「おー」と既に暑さにやられふにゃふにゃした声になってしまったが、やる気はあるので許してほしい。

まさかこれからどんどん大変なことになっていくとは知らずに。








*****









「うん、肋何本か折れてるーああ、入院する程じゃないんだけどくれぐれも安静にね」


これはつい先日私がお医者さまに言われたことである。
何が起きたのか自分でも混乱していたのだが、順を追って振り返ると

まず順調に合宿は進んでいた。
夜中に試験が始まったりしたけどなんとか課題はクリアしたと思えば、突然地の王アマイモンがなぜか襲撃してきて
しえみが人質になってしまいそれを奥村が助けに行った。

一人飛び出した奥村を坊が追って、私達も追いかけたのだが、ちょっとしたことでアマイモンの逆鱗に触れてしまい
最初に志摩がぶっ飛ばされて、坊を庇った子猫さんの片腕が折られて、私も首を絞められた坊を助けようとして志摩みたいにぶっ飛ばされた。
正直めちゃくちゃ痛かった。人間ってこんな軽々と蹴り飛ばされるんだなと痛みを紛らわすように考えたのを覚えている。

それから一瞬気を失っていたのだが、いつの間にか坊に体を起こされていて目の前では青い炎をまとった奥村がアマイモンと戦っていた。
その凄まじい戦いに圧倒されつつも奥村先生や霧隠先生に連れられてその場を離れた。
逃げた後現聖騎士だというやたらとキラキラした人に奥村はつれていかれ、私達は奥村先生に彼がサタンの息子だと聞かされた。
皆思いがけない事が続き混乱していたが、とりあえずケガの治療の為病院へと向かったのだった。

私と志摩、それに坊は入院しなくても良かったのだが、子猫さんは少しの間療養しなくてはいけなかった。
今日は子猫さんのお見舞いに病院へとやってきたのである。
坊と志摩は先に行っているとの事だったが、ロビーの所で志摩が行き交う看護師さんに視線を忙しなく走らせては
ニヤニヤでれでれと気持ち悪い顔をしてたいたので、すぐさまそのピンクの頭を叩いてやる。


「いった!さん何しますのん!?」

「こっちの台詞やアホ。こんな所で油売ってんとはよ子猫さんとこ行くで」

「だってここの病院のナースめっちゃレベル高いねんで!ほらさん見てみいかいらしいからー」

「はいはいわかったわかった、かわええなあ」


適当に返事しながら志摩の腕を掴みズルズルと引きずって行く。
それでも首をまわしてしつこく看護師さんを見ているので呆れてため息しか出ない。


「こんな美人がお世話してくれる所で入院なんて子猫さんがうらやましいわぁ」

「それなら私が志摩の骨という骨をバキバキに折ったろか。一年くらい入院できるように」

「こわっ!その手ぇ止めて!本気に見える!!」


途端に大人しくなった志摩を連れて子猫さんの病室に着く。
中にはベッドで身体を起こしている子猫さんと横の椅子に坊が座っていた。


「子猫さん、もう平気なん?」

「うん。まだ痛みはあるけどもう大丈夫や。さんは?」

「私もちょっと痛いけど平気」

「ちょっと子猫さん志摩さんにも聞いてえや」

「志摩は来る途中で看護師さんにでれでれしとったから聞かんでもええよ」

さん!しっ!」

「来るん遅い思うたらお前また……」


坊の顔つきが恐くなり志摩は何やら弁解しているが、それで説教は回避できないだろう。


「でもほら、俺も肋やってもうてるしー、ゴタゴタしてたからちょっとくらい癒しがあってもええやないの」

「ゴタゴタなくても志摩は通常がそれやろ」

「そうやけど、ええやないの。お互い骨折った身、仲良く美人ナースを愛でましょ」

「嫌やわ。あ、そういや折ったといえば肋折った箇所。志摩と私ちょうど真逆らしいで」

「へえーそんならおそろいやなぁ」

「なあ、すごい偶然や」

「そんなのんきに言うとる場合なん?」


子猫さんがへらへらと笑い合う私達に呆れたような声を投げかける。
そこでなんだか不穏な空気を感じ取り、恐る恐るその発生源を見た。


「ぼ、坊?」

、これからツラ貸せや」

「えっ!わ、わかりました…」


何故か坊は眉間にこれでもかとシワを寄せ、普段から強面な顔を更にしかめていた。
おまけに名指しで連れ出されたのだが、何の話だろうか。まったく心当たりがない。
病室から出る際、子猫さんは心配そうな顔で志摩はなにやらかしたんやというような表情をしているのが見えた。
こっちが聞きたいわ。



そのまま無言でズンズンと歩いていく坊についていって、病院の外に出ると建物の裏に来た所で立ち止まった。
周りには人の気配がない。
くるりと振り返りこれから何を言われるんだろうと身構える。


、何であの時庇ったんや」


あの時とは考えるまでもない。
アマイモンが襲撃してきた時の事だろう。


「それは坊が危ない目に合ってましたから。助けるのは当たり前ですやろ」

「当たり前ちゃうやろ、もしかしたら死んでたかもしれんのやで」

「死んでも構わんなんて言いませんよ。
 でもだからって目の前で坊が殺されそうになってて何もせえへんなんて無理です。
 それに子猫さんやって同じように坊のこと庇ったやないですか」

「子猫丸やからええって言うとるんやない。ケガされるんは誰であっても嫌やし
 今回は俺が飛び出していったせいでもある。でも女であるお前に守ってもらうわけにはいかんのや!」

「そんなん差別です!」

「区別や!」

「坊は私が男やったらええ言うんですか」

「そういうこと言ってるんとちゃうやろ!」


最初は静かに言いあっていたが、次第に語気も強くなる。
どんどん空気は悪くなるし、坊がどうしてこんなことを言ってきているのか分からない。


「せやったらなんなんですか。私はただ…坊のことが好きやし大事やと思っとるから守りたいんです。
 好きな人を守りたいと思うんはおかしいことですか!」

「お前の好きは違うんやろ―」

「えっ」


坊は一瞬はっとした表情をしたがすぐに苦虫を噛み潰したような顔をして
ぼそぼそと何か言ったが、よく聞き取れなかった。


「そんなこと簡単に、少なくとも俺に言うべきこととちゃうやろ」

「は……な、なんですかそれ。なんでそんなこと言うんですか…?」


さっきまでの勢いはどこえやら。
苦しいような哀しいようなそんな顔をされて言われた言葉に私はただそう問い返すことしかできなかった。
多分自分でも今ひどい顔をしているのだろうと分かる。
でも取り繕ってる余裕がなかった。
坊が私を見て、また辛そうな顔をする。


「……とりあえずや、あんま無茶すんな」

「坊―」

「戻るで」


私から視線を外して坊が来た道を戻っていく。
半歩後ろを歩き、その背中を見ながら一体どうすれば良かったのだろうと考えた。
助けたいと思うことも実行することも許されていないのだろうか。
いや、今私と坊はどこか噛み合わずにお互いがお互いを傷つけている。

考えたけど答えはでない。
坊からも問いかけの返答は得られないままだった。









17.4.2