坊と喧嘩した日から一応ではあるが普段と変わらないよう接している。
とはいえ、あの後病室に戻った時は明らかに深刻そうな重い空気をまとっている私達に子猫さんも志摩も何事かと目を丸くしていたのだが。
どうしたのかという問いにも私と坊は揃って何でもないと言うだけに留めた。
実際二人の問題でもあったし、それ以上にこの事だけで悩んでいられる暇はなかったのだ。
その後すぐに様々な出来事が立て続けにあった。
まず京都で何かあったらしく、京都出張所が襲撃されたらしい。
同時にこちらでは不浄王の左目が盗まれてしまったこと。
ただでさえ奥村のこともあり、坊と喧嘩したこともあり(これはまあ一先ず置いておくとしても)、おまけに故郷のピンチときた。
まったくいっぺんにいろいろ起こりすぎではないか。
それで私達候補生も含めて京都へと行くことになった。
出張所に保管されている右目の守護の応援と、たくさんの魔障患者が出たため看護のヘルプの為だ。
まさかこんな形で京都へ帰るとは思わなかったな。
移動中の新幹線ではまた一悶着あっておかげで更に重苦しくなった空気に志摩が辟易していた。志摩だけじゃない皆感じている事だろう。
旅館に着いてからはすぐに忙しくなった。
久しぶりにあった虎子さんは元気そうだったし、坊の髪型に激怒しているのにはつい吹き出してしまった。
霧隠先生に促されて身内に挨拶へ行ったのだが、八百造さんは間近に瘴気を浴びたらしく重症だった。
でも命に別状はないそうでほっとする。
八百造さんは私と子猫さんに坊を守ったことを褒めて下さったが、私はただ何もできなかったと謙遜することしかできなかった。
結局私は守れずにあげく喧嘩して。八百造さんに労ってもらう資格なんてないなぁ。
向かいに座る坊をちらりと見たが、様々な感情が入り交じって何を考えているのかわからなかった。
余談だが案の定志摩もピンク色の頭の事を怒られていた。
八百造さんの休んでいる部屋を出て、魔障を受けたという柔造さんや蝮さん達の様子を見に行くことになったが
先にお手洗いへ行きたくなったので先に行っといてもらうことにした。
手洗いから出て、さて志摩家と宝生家の所へ向かおうと廊下を歩いていたら、何故か奥村と和尚がいて驚いた。
奥村はスイカを切り分けていて、和尚は縁側に座り込み彼と談笑しているようだった。
あまりにも普通にいらっしゃったので思わずそのままスルーしてしまいそうになる。
「和尚、奥村」
「お?あ、か」
「」
声をかけて近づけば奥村は顔を上げ「よう」と挨拶をしてきたので私も「おっす」と短く返した。
返事がきたことに驚いていたが、そのまま歩いていき和尚の少し後ろの所へ腰を下ろす。
「なんや久しぶりやなあ。ちょっと大きなったんちゃうか」
「そうですか?あんま変わってないと思いますけど。和尚こそ腰は大丈夫なんですか」
「おお、平気や平気。でもあれやな寄る年波には勝たれへんなあ」
「よく言いますわ、和尚まだそんな年ちゃいますよ」
からからと笑う和尚に私も自然と表情がゆるくなる。
向こう側にいる奥村がそわそわとしていたので話しかけることにした。
「それ、どうしたん?」
「あ、ああ、勝呂の父ちゃんが差し入れしてくれたんだ」
「和尚が?皆喜びますわ」
再び奥村がスイカをきれいに切り分けるのを見ながら、二人はどんなことを話していたのか気になり聞いてみる。
「んー?別に大したことは話してねえけど」
「今燐君とうちの竜二が喧嘩しとる言うててな。まあ私もやけど」
和尚が後頭部に手を当てて、困ったように笑う。
坊と和尚は正十字学園へ行って祓魔師になると宣言してから揉めに揉めていたからなあ。
それから半ば無理矢理進学したものだから、その燻りは今も残ったままなのだろう。
「奇遇ですねえ。私も実は今坊と喧嘩してる最中なんですよ」
「はあ!?そうなのか?でもフツーに勝呂と会話したりしてたじゃねえか」
「表向きはね」
「マジかよ全然そんな風に見えなかったぜ、こえーな。なんで喧嘩したんだよ」
「まー、ちょっとね」
笑って誤魔化したら奥村はそれ以上何も聞いてこなかった。
どう話したらいいか分からないし。
「が竜二と喧嘩するやなんてめずらしいこともあったもんやなぁ」
「いや、すみません。もうちょっと落ち着いたらちゃんと話し合いしますんで」
「なんも謝らんでええて。何が原因か聞かんけどむしろそうやって竜二とぶつかってくれるいうことが嬉しいわ」
そうにこにこと笑って和尚は頭を撫でてくれた。ああ、この感じ久しぶりだな。
昔からよく優しい言葉をかけてくれ、決まってぽんぽんと頭を撫でるのだ。
たとえ中身は大人でも子どものようにそれが嬉しかった。
そういえば坊が頭を撫でてくれる時も和尚の感じに似ていた。
意識してなのか自然となのか分からないけど、やはり親子なのだと実感する。
さてと、と和尚が徐に立ち上がって去って行きそうな気配を感じたので和尚と呼びかける。
「坊には会っていかはれへんのですか」
「……せやなあ。まだ会われへんわ」
寂しそうで苦しそうな表情に少しだけ胸が詰まる。
でも私がどうこう言える問題じゃないし、どうしようもないことだ。
いずれ、話す時がくるのだろうか。
「分かりました。じゃあ私は和尚と会うてないし、ここにおったことは誰にも言いません」
「堪忍な」
「和尚には……和尚の中で理由があってのことだと思ってます。私はそう、信じてます」
「……お前は昔から頭もええし、察しのええ子やからたまに心配になるわ」
ぽんと私の肩に手を置くとそのまま塀の上へとひょいひょいと登っていく。
最後にこちらを見てから朗らかに笑った。
「じゃあな燐君、話せて良かったわ」
「お、おう」
「和尚」
「も。竜二のことよろしくな」
「はい」
和尚が向こうへ飛び降りて見えなくなって、奥村と私とあとクロの三人だけになった。途端にしんと静かになる。
チラチラと奥村が何か言いたげにこちらを見ているので、そちらに向き直ってやった。
「余所見してたら手、切るで」
「あ、ああ!大丈夫だ。もう終わったし」
「そう。で、なに?」
「いや、は俺となんかふつうに話してるからさ…」
視線を下に向け、寂しそうな表情で奥村がぽつりとこぼす。
ここに来るまで私達の態度がつめたいものであったからだろう。
私も坊らといる手前一応挨拶だけするにとどめ、あまり会話していなかった。
「確かに青い夜で私の両親は死んでしもたけど
奥村も自分で言うてたやん。それは奥村がやったこととちゃうやろ」
「…ああ。でも俺がサタンの息子なのは事実で・・・恐くないのかよ」
「別に恐くはないよ。
奥村はあの時、後のことも省みんと私達の事を助けてくれたやろ。だから奥村はええ奴や」
今までの塾なんかで見てきたものでも分かる。
ちょっと考えなしで無鉄砲な所はあるけれど、彼の根本は優しいと思うのだ。
そういうところは坊と似ているかもしれない。
奥村は虚をつかれた顔をしていたがすぐにふるふると震えたと思えば、がしりと両手を掴まれた。
「っ!お前…いいやつだなあ!!」
「私はそんな…自分が思ったことを言うただけで」
「それがうれしいんだ。ありがとう!」
ぶんぶんと手を降られてその勢いに腕が外れそうになったので、慌てて制止する。
クロが不思議そうに奥村と私を交互に覗いていた。
「まあ、坊や子猫さんはまだ色々と複雑なんやと思うわ。
おまけに家が今こんな状態やから整理もつかん。だから奥村には悪いけどもうちょっと待っててほしいんやわ」
「分かってる。俺にも問題があるし、あいつらいいやつだから仲直りしてえしな」
「うん」
坊も子猫さんもみんな奥村が悪い人やないって分かってる。
でもそれぞれが思うところがあって折り合いがつけれなくてぐるぐるともがいているのだ。
今すぐは無理でも話し合える時がくるだろう。
「さ、せっかくスイカ切ったんやし持っていこ」
「おう!」
二つあるお盆を一つずつ持って、奥村を案内する。
私も奥村のこと言えないよなあ。
頭の中では坊とどう話そうと和尚と奥村の言葉が渦巻いていた。
17.4.2