自室で休んでから、まだ何か手伝うことがあるか虎子さんに聞こうと厨房へ向かったら途中で坊と志摩と子猫さんに会った。
しかも坊は片方の頬を腫らしていて怪我をしたようだ。
びっくりして慌ててどうしたのかと聞けば、奥村と喧嘩してしまったようだ。
詳しいことはとりあえず後で頬を冷やすものをもらおうと厨房に入る。
中に入るなり志摩は傍にいた出雲の浴衣姿を誉めちぎりでれでれしだしたので、背中をばしんと叩いてやった。
「虎子さんおらんのやな。ごめんしえみ何か坊の頬冷やすもんちょうだい」
「う、うん。わかった!」
しえみから受け取った濡れタオルを当てて、ぽつぽつと坊が何があったのか話してくれた。
出張所で奥村がサタンの炎を出してしまい他の人に見られたこと。
坊と喧嘩して暴れてしまったため霧隠先生が何らかの術を使って鎮めて、今は牢へ容れられているそうだ。
「それって…奥村君ヤバいんとちゃう?」
志摩の呟きに誰も答えられなかった。言うまでもない。
これが正十字騎士団の本部に知れたら……というかたぶんもう知られてるのかもしれないけれど
また処刑云々の話が早まるのではないか。
「燐……」
しえみが不安そうな顔で胸に置いた手を固く握る。
静まり返った空気を裂くように、外が騒がしくなってきた。
何かあったのだろうかと厨房を出てみんなで様子を見に行く。
玄関先で明陀の人達が集まっていて、柔造さんが蝮さんを抱えていた。
「竜二様っ…!」
こちらに気がついた蝮さんが坊に駆け寄る。
その右目からは血が流れていて思わず息をのんだ。大体の事情は説明されてわかった。
奥村だけでなくこちらはこちらで大変なことになっているらしい。
私達候補生は旅館に戻って待機するようにと命じられたが、霧隠先生が牢に入れられている奥村を助け出してほしいと言う。
ヴァチカンの判断で処刑が決まってしまい、もう助かるには不浄王を討伐して手柄を立てるしか道がない。
着ると姿が見えなくなる上着を置いて、行くかどうかは各自の判断に任せると言い残して、霧隠先生は出張所の人達と行ってしまった。
「燐を助けよう!」
しえみの言葉に坊が最初に上着を取り、次に子猫さん、そして出雲も羽織ってスタスタと歩いていく。
私もと続けば志摩が焦ったような声を出す。
「ちょっとさんまで何でなん!?二人ともそんな柔兄が恐いん?」
「他の皆はどう思ってるか知らんけど、私は単純に奥村は嫌いとちゃうし
おもろいやつやから……とりあえず助けてあげたいと思ってる」
袖を通す前にぽんぽんと志摩の肩を柔く叩いてやり、踵を前に向けて上着を羽織った。
途中私の横を猛烈な勢いで金造さんが走っていき、背後からぶつかってしまったのか志摩の非難の声が聞こえた。
*****
こんな服を着ただけで本当に姿が見えなくなるのかも心配したが本当らしい。
牢の入り口近くにいた出張所の人に気づかれることなく潜入することができた。
奥村が捕らえられている牢には悪魔の門番みたいなものがいて
皆臨戦態勢を取ったのだがいつの間にか時間が止まっていたらしく
はっとこちらが気づいた時には奥村としえみがその門番から飛び出してきていた。
どうやら敵意のある奴の時を止めてしまう悪魔だったらしい。
しえみだけが動けたようで奥村を無事に連れ帰ってきてくれたようだ。
すごいやと褒めればしえみはそんなことないと謙遜しつつ照れていた。
「奥村君には死んでもらったら困るんや……危険やないって分かったら仲直りするんやから」
子猫さんは特に奥村のことでも悩んでいたがどうやら緩和されたらしい。
霧隠先生の指示で来たと安定のツンな出雲にイヤイヤ来たのに褒めろとか言う志摩。
それでも奥村はありがとうと感謝していた。
とりあえずよかったよかったと和んでいたら隣から禍禍しいオーラを感じたので、さっと横に避けておく。
すると横から刀の柄がびゅっと伸びてきて奥村に突き刺さる。かなり鈍い音がしたが大丈夫だろうか。
「…親父の件に関しては俺が冷静やなかった……お前の言う通りや。
親父の件に関してはな!戦うんやったら必要やろ、持ってけ!」
「お、俺こそ殴ってスマン…」
どうやら先程の事を謝っているらしい。
坊は踵を返して金剛深山までは案内するがあとは奥村の好きにしろと突き放す。
奥村はサタンの子だというのは変えられないが炎を使いこなすようになるから信用してくれと坊に訴えた。ハラハラと事を見守る。
しかし坊はそんなことはどうでもいいと叫んだ。それに奥村も他の皆も驚く。
全部一人で背負い込み他人だと決めつけていたのが他ならぬ奥村だと。
「味方や思とったんは俺だけか!!!」
ああ、そうか。坊はそれで……。
はっと我に返った奥村が違うと叫んでいる。
坊にとってはサタンの子どもかどうかはあんまり重要なことじゃなかったんだな。奥村も坊もやっぱりいい奴だ。
お互いに気持ちが分かってきたこと―和解に近づけたことがなんだか嬉しくて口元が緩む。
「何笑っとんねん」
「いいえー。別になんでもありませんよ」
照れているのを誤魔化すようにそっぽを向いてしまった。
しかしいつまでもニヤニヤしてられない。本番はここからなのだ。
外に出れば山からどんどん巨大化していく不浄王が見える。
志摩がこの世の終わりかいなと私の心の内を代弁してくれた。
「目指すは金剛深山ー倒すは不浄王や!!」
金剛深山へと向けて、私達は走り出した。
17.4.29