状況はかなり切迫している。
山の中程で倒れている和尚を見つけた。
ひどい怪我をしていたが和尚の使い魔という伽樓羅が治してくれていた。
不浄王を倒すには核の心臓を破壊しなければいけないが、その周りを覆っている胞子嚢を破裂させなければならない。
しかし胞子嚢が弾ければ大量の瘴気が流れ出してしまう。
その為に和尚が伽樓羅と劫波焔という技を用いて結界をつくらなければいけないというのだ。
でも和尚は出血しすぎたせいでこれ以上無理をしたら死んでしまうと伽樓羅は言っていた。
それでもかまわないと進めようとする和尚に背筋がひやりと冷たくなる。
もう選択肢は限られているというのに、私はそれを止めたくて口を開こうとしたが
それより先に伽樓羅が血筋が同じ坊に契約を移せると言ったので噤んだ。
不浄王に纏わる事を自分の代で断ち切りたい和尚と背負わせろと言う坊の間でひと悶着あったが、やはり坊が契約を引き継ぐという形で落ち着いた。
全てが終わると和尚はやはり具合が思わしくないのか倒れてしまい、坊が出雲としえみに和尚のことを託した。
「子猫丸、志摩、。お前らは霧隠先生や明陀の皆にさっきの話を伝えに行ってくれ」
「坊は?」
「俺は結界を張りに行く。この結界は触地印を中心に広がる。なるべく胞子嚢の近くで展開させな」
「あ、あんな所に行かはるゆうんですか!?」
「そんなん危険です!」
私と子猫さんは口々に引き止める言葉をかけた。
志摩までもがこれ以上は死ぬとはっきり死ぬと言ったのだ。
坊がそのために和尚から伽樓羅を引き継いだのだから、やらなければいけない―仕方がないのは分かる。
でもさすがにあの化物の懐に行かせてしまうのは震えた。
「それなら私も一緒に行きます!」
「さん!?」
「はあ!?何を言うとんねや!危ないから無理に決まっとるやろ!!」
「危ないんは坊も同じやないですか!一人で行かすなんてことできません!!」
「が来たところでどうにかできるもんとちゃうやろ!」
「そうかもしれませんけどちょっとは戦ったり、盾になったりできますやろ」
「アホか!そんなもんもっと許可できるか!!は…お前こんな所で死んだらどないすんねや。おかしいやろ!」
「なんも……なんもおかしない!好きな人一人守れん方が後悔するわ!!」
「なっ…!」
だいぶと言い合いになったがここで坊が言葉に詰まった。
私は何も間違ったことは言ってない。
確かにあんな化物の傍へ行くなんて全く怖くないと言ったら嘘になる。
でもこのまま坊を一人で行かせて、何もできないまま死なせてしまう方がよっぽど恐ろしい。
皆一様に驚いたような顔をしていたが、これだけは引けないと無理にでも着いて行こうと決意していたら、後ろから肩を叩かれた。
「大丈夫だ。勝呂は俺が守る!」
「奥村……」
「ああ!?」
「いいだろ!?剣は抜けねーけど炎少しは使えるし、何より俺強ーからさ!!」
奥村自ら名乗り出てそれに坊が抗議している。
確かに奥村の方が私より強いし、まともにやり合うことができる。
それから子猫さんと私の方へ向き直った。
「俺にまかせてくれるか?子猫丸、」
「……わかった」
「えー?俺は?」
子猫さんと私は同時に頷いて走り出した。
それなら私達は私達でやるべきことがあるから。
後ろから志摩が「後で後悔しても知らへんからな!!」と叫びながらも着いてくる。
心配で不安なのは変わりないけど、奥村が着いていってくれるならたぶん大丈夫だろうと思う。
震えそうな足を叩いて、本山への道を駆けていく。
*****
「子猫さん!さん待って!」
息を切らせて森の中をひた走る。
背後の志摩が制止の言葉をかけてきたのでてっきりやめようだのなんだの言ってきたのかと思ったが
眼前に現れたものを見て慌てて隣を走る子猫さんの腕を引っ張った。
「不浄王の一部や…!」
「ほ、他に道なかったっけ?」
「本山までの道はここしか知らへんよ!どないしよう」
「まじか…」
辺り一面を不浄王の飛沫が埋め尽くして通れそうにない。
急く気持ちを抑えてどうすべきか考えていると、ぱっと上空に光が差した。
不浄王を包み込むように赤い光が展開されていく。
「坊に奥村、無事に結界張れたみたいやな…よかった」
「そうやね、僕らも胞子嚢破裂する前に急がな!!」
「はは、急ぐてどうやって?」
志摩がひきつった声で笑う。そうだ、こっちも考えないと。
子猫さんが枯枝を拾ってるのを見て、そうかと納得する。火を起こして武器にすれば…。
私も急いで適当な枝を拾う。
子猫さんと火の真言を唱えて強化し簡易な松明をつくる。
さらに少しでもやつらから遠ざけるように木に登った。
ちょうど上がった所で志摩の悲鳴が聞こえた。
「志摩さんこっちや!!」
子猫さんが松明の火で志摩の錫杖に取り付いた欠片を引き剥がし、二人で急いで木の上へ引き上げた。
なんとかやつらから距離を取ることに成功する。ふっと思わずため息が出た。
「大丈夫?志摩」
「な、なんとか…助かったわ」
「―腐属性の弱点は火やから、これで怯ませながら少しずつでも前に進めば…!」
「せやな、それしかあらへん」
じりじりと後退しつつある不浄王の欠片を睨み付ける。
さて行こうとしたら志摩に肩を掴まれた。
「子猫さん、さん、無理や!!」
「は!?」
子猫さんときれいに声が重なった。
「まず冷静になろ。そんなもんただの気休めや、逃げよ!」
その間にもやたらと子猫さんと私の肩をぽんぽんと叩いて、まじめくさった顔で言う。
「今の俺らだけじゃ自殺しに行くようなもんやで!?
坊も皆もきっと許してくれるし!誰も責めへんって、ねっ?」
最後にへらっと志摩は笑う。
子猫さんは困惑したような表情をして聞いていたが、次第に怒りが滲み出てきたようだった。
「皆が、塾の皆だけやない。家族が戦ってるんに…!自分だけ逃げるなんてよう言えるなあ!?」
「子猫さん…」
「僕は逃げへん!!…ここで逃げたら僕は一生明陀に顔向け出きひん……!!」
必死に言う子猫さんを志摩は冷めた目で見やる。その表情には見覚えがあった。
志摩が時折見せる諦めたような、重い、煩わしそうな顔。
「あーあ、子猫さんまで…皆して恩だの責任だの血だの明陀だの……もうウンザリや。
そんなもん命張ってまで守るようなもんやないわ!」
「この大事な時何言うてるんや!!」
「死んだらそれまでやろが!!」
「子猫さん、志摩」
黙って見守っていたが、ここで静かに名前を呼べば二人は口をつぐみ私の方を見た。
「なに?さんもどうせ子猫さんと同じこと言うんやろ」
「まあ、子猫さんの言うことも分かる。
私も明陀には恩があるし、皆のことが大事なんは変わらへんから」
志摩がほらな、といった顔をする。
結局はそこに行き着くんやろうと。
「でも志摩が言ってることも正しいと思う」
「さん!?何を―!」
「子猫さん待ってえな。…私は坊も塾の人らも明陀の皆も…ただ好きで死んでほしないから
自分のやれることやってできるだけ助けたいと思う。それは志摩も同じや」
「―!」
「志摩のことも大事やし死んでほしない。
逃げることでそれが回避できるならそれは全然構わへん。死んだらおしまいや。なんもかも」
頭の遠くの方で車のクラクションが鳴り響く。
あの日、あの瞬間。前の私の一生は簡単に終えてしまった。
死ぬ間際に脳裏に過ったのは母の事だった。
就職し、逃げるように家を出たあの時の母の顔が忘れられない。
『あなたも私を置いていくのね』
結局あれが母を見た最後の姿になってしまった。
会うことも和解することもなく、私は死んでしまったのだ。
最後に見た顔も声も言葉も全部、たぶん私は一生忘れないだろう。
当たり前のことだが、死んだら終わりなのだ。
馬鹿な話だが私は文字通り身をもってその事を学んだのだ。気づくのが遅すぎた。
だからそこにリスクがある以上、できることならそれを避けて生き延びてほしい。
驚いた顔で志摩が見てくるのでその頭をがしがしとなでてやる。
「私と子猫さんはこれをやりたいからしゃあない。
だから志摩は逃げ。生きてくれとったら私はそれでええ」
「……わからん。俺にはわからんわ。さんてそんなキャラやったんか」
「まーね」
「……俺、そんな二人みたいな御大層な人間やないし。
さんもそう言うなら遠慮なく一人で逃げさしてもらうわ」
志摩は軽々と木を飛び降りて来た道を戻っていく。
子猫さんは一瞬私の方をちらっと見たけれど
すぐに志摩の方へ顔を向け、悔しそうな堪えたように「薄情者…!!」と声を荒げた。
「子猫さん」
「分かってる。急がな…!」
木によじ登る飛沫を避けて飛び降りる。
松明の火で怯ませようとするが、何せ数が多い。
「オン!シュリマリママリ・マリシュシュリ…」
二人で詠唱しながら進んでいこうとしたが、あっという間に飛沫が私達の周りを取り囲んだ。
これは、かなりまずい。
「うわあぁ!」
「子猫さん!」
子猫さんのすぐ近くに飛沫が落ちてきて、すぐに助けに行こうとするがこちらにもずるずるとはいよってきてうまく傍にいけない。
あと数センチで子猫さんに取り付こうとしていた飛沫が焼き切られた。
志摩が炎の着いた錫杖で撃退したのだ。
「志摩!あんた…!」
「さんぼおっとしとらんで!」
横から迫ってきてた飛沫を志摩が燃やしてくれた。
三人で背中合わせになり火で近づけないように体勢を整える。
「八百造さん烏枢沙摩を召喚したやな…!」
「はあ、なるほど…。助かったなあ、志摩ありがとう」
「べ、別に俺は―」
「志摩さん!僕が真言唱えて火ィ強化するから戦って!さんは松明使って志摩さんの補助を!」
「了解ー。志摩やるで!」
「まじで!!ノリで戻ってきたら前衛にされるとか」
嫌々前に出て錫杖を振りかざす。
私も子猫さんの持っていた松明を受け取り、両手持ちで飛沫を焼いていく。
さっきより格段に進むペースが上がってきている。
これならいけそうだと安心していると隣にいた子猫さんが鼻をすする音がした。
「志摩さん、薄情者なんて言うて堪忍や…」
「あーッ!うるさいうるさい!さんもそのニヤニヤすんの止めえ!」
「ごめんごめん志摩君や」
子猫さんに謝られてめずらしく本気で照れていたので、微笑ましく思っていたら怒られてしまった。いつもと逆の立場だ。
じわじわと焼き崩しながら進んでいく。
本山まであともう少しだ。
17.4.29