※中学時代の話





はその日は休みで天気がよかったので縁側に座り日なたぼっこしながら本を読むことにした。
新しく買って休みの時に読もうと取っておいたやつだ。

日当たりのよい所を探して座り、ペットボトルのお茶を横に置いて、あとは黙々と読み進めた。
そろそろ本のページが半分に達しようとした時、廊下の角からドタドタと遠慮のない足音が近づいてきた。


「おー、。こんな所で何してんねん」

「金造さん。ごらんの通り読書です」

「それは見たら分かるわ。なんでこの場所なんやって聞いてんねん」

「今ここが一番日当たりがいいからですよ」


角から現れたのは金造であった。
聞いてきたのは彼であるのにその答えに関してへえだのふうんだの気のない返事をして、の隣にどかりと座った。
金造のそういう所は今に始まったことではないので、も気にする様子もなく、また読書を再開した。
しばらく金造も日の光のぽかぽかとした暖かさに目を細めて静かにしていたが、その内飽きたのかの肩をつついた。


「何ですか」

「腹へった」

「ええ…すごい唐突……私グミしか持ってないですよ」


仕方なくはお茶といっしょに持参していたフルーツグミの袋を金造に渡した。


「はあ、グミで腹ふくれると思っとるんか」

「じゃあ食べないでくださいよ。しかもグレープばっか食べ過ぎやし!」


文句を言いつつもざらざらとグミを食べる金造に(しかも片寄った食べ方をしている)抗議して
すぐさま袋を取り返したが、その中身は残りわずかになっていた。


「あー、もうちょっとしかないやないですか」

「ケチケチすんなや。細かいことは気にしたらあかんで」

「これ細かいことなんですかね」


じろりとは金造を睨むがどこふく風で「ほなごっそさん」と言い残して立ち去ってしまったのであった。
たかるだけたかっていきよったとは苦々しく思ったのだが
これも昔からのことなので金造の言う通りではないが今さら気にしないようにするのが正解である。
残りの少ないグミを何個か食べてからはまた本を読み始めた。



それからまた数十ページも進まないうちに今度は背後の部屋の襖が開く音がした。
「おお、」トストスと静かな足音がして名前を呼ばれは本を開いたまま振り返った。


「柔造さん、どないしたんですか」

「いやな、金造見いひんかったか?」

「金造さんなら先程までいましたよ。私のグミをほとんど奪ってどこかへ行きはりました」

「なんやて!あいつもしゃあないやっちゃなあ」


柔造はぽりぽりと頭の後ろをかいてあきれたようだった。
それにも「まあいつものことなんで」と悟ったように返すのだった。


「すまんなあ、せや!代わりやないけどこれあげるわ」

「なんですか?」


柔造が僧衣の懐から小さな包みを取り出してに手渡した。
なんだろうとしげしげと眺めてみれば、きれいにラッピングされたクッキーだった。
四角い2色の市松模様のクッキーは形も整っていておいしそうだ。だがここで問題がある。


「柔造さん」

「なんや?」

「これあきらかに手作りですよね」

「そうやで、この前寺の前で掃除しよったら女の子がくれたんや。かわいかったでー」

「かわいかったでーとかやなくてですね。柔造さんのために作ったのを私が食べたらあかんのとちゃいますか」

「ええやんええやん大丈夫やって!ほら、愛情たっぷりやで」

「そうですね。柔造さんへの愛情がたっぷり詰まってますね」


柔造は女の子からとてもモテるので、こういったプレゼントをもらう姿を頻繁に見かけた。
中にはこういった手作りのお菓子なんかもよくもらうので、食べきれない分はよくも貰っていたのである。
それこそ小さい頃はまあ良かったものの、この歳になり(元々中身は大人だが)さすがにまずいのではと思っていた。
それでも柔造はにこにこと笑顔でにクッキーをあげて「ほな俺は金造探さなあかんから」と去って行った。

柔造さんも悪気はないんよなあ、妹分にお菓子あげただけやと思ってるんやろうし…

はあげたそのかわいいという女の子に心の中で謝罪してクッキーを食べた。
その見栄えを裏切らずとてもおいしかったのでますます罪悪感が胸の内に広がるのであった。



それでもクッキーを完食し、日もそろそろ傾いてきた頃。
今度はどったんばったんと一際激しい足音が聞こえてきた。
はそんな音には目もくれず、最後に近い本の文字を追っていた。なんだか嫌な予感がしたからというのもある。
我関せずと無視を決め込もうとしたのに、後ろの襖がすぱんと開け放たれ、誰かが猛然と飛び込んできた。
その誰かはすばやい勢いのまま縁側に座っているの背中に飛び付くと、背後からぎゅうぎゅうと締め上げた。


「ぐえっ」

さんさん助けてえな〜!!」

「ちょお、志摩!苦しい暑い!離れろ!!」


びったりとくっついてきた志摩をは力任せに引き剥がす。
本に栞を挟むことを忘れずに隣に置いてから向き直る。
志摩はべそべそと半泣きで正座をしていた。
今日はやたら志摩家に絡まれる日だとは思った。


「なんなん一体、どうしたんや」

「俺の部屋にやつが……やつが出よったんや」

「やつ?」

「あいつやんあいつ!黒くてすばやくて見た目だけでアウトなあいつ!!」

「ああ、ゴキブリね」

「名前言わんとってえ!」


その名を聞いただけで志摩はぞわっと身震いする。
何を言われるか大体予想ができたは冷めた目で志摩を見た。


「なあ、せやからさんそいつ退治してくれへん?」

「断る」

「早っ!即答やん!ええ〜なんでなん、俺が虫嫌いなん知ってますでしょ」

「そんなんゴキブリとか私かて嫌やわ」

「そこをなんとか〜」

「しかも大体からして、なんでわざわざ志摩の部屋行って私が直々に駆除せなあかんの」

「今家に誰もおらんのやわ。あ、違うで!別にいやらしい意味とちゃうから!」

「そのまま愛しのゴキちゃんと二人きりでイチャコラしときなはれ」

「イヤやー!そこは女の子がええー!!」


ただでさえ虫の駆除という気の進まないことであるのに、志摩が余計な一言を付け加えたばっかりにのやる気は一気に下がったのであった。
体をまた元の位置に戻して本を手に取り続きを読むのを再開する。
ラスト付近で今一番盛り上がっているところなのだ。
それなのにまだ志摩は頼みます、お願いしますさんと連呼しながら、腕を掴んでぐいぐいと揺さぶってくる。
こうも揺らされればまともに本を読むことさえできない。
はあ、とため息をついてから再び栞を挟んで立ち上がった。


「ハーゲンダッツ1個ね」

「へ?」

「だからダッツ1個でゴキ退治引き受けるって言うてるやろ」

「−!さん!いや様!ありがとお!!」


またがばっと抱きついてきた志摩を引き剥がし、本を片手に玄関へと向かった。
その隣で助かったとばかり安堵する志摩だが、彼の部屋の汚さに怒ったに叱られ
さらに一匹ではなく二匹いたゴキブリ退治に駆り出されたからアイスが追加されたというのはまだ少し後の話である。


「でもさん、ダッツやのうてせめてゴリゴリ君にしてくれへん?」

「文句があるなら今すぐ帰ろか」

「おごらさせていただきます!!」












18.9.1