あれから一晩が経ち、久しぶりに一人きりで過ごす宿はなんだか落ち着かなかった。
それほどにシルビアさんと長く過ごしてきたのだなぁと思うと感慨深い。
果たしてデスコピオンは問題なく倒すことができたのだろうか。
何の音沙汰もないのは連絡手段が限られているので仕方ないのだが、こういう時スマホや携帯が無いのが不便だと思う。
もしあったら今どうしてるかとかこれから帰るとかすぐ分かるのに。
この世界でシルビアさんが携帯端末を操る姿を想像してみたが何の違和感もなかった。
SNSとかめっちゃ使いこなしてそう…。

そんなばかな事を考えているが今日も今日とて私はサーカスの仕事に精を出している。
しばらく働いて休憩を頂けたので、気分転換に散歩でもしようと外に出た。
テントから出た瞬間にこの地域特有の強い日差しが容赦なく降り注ぐ。
慣れてきたとはいえ暑いことにかわりない。

なるべく日影を選んで歩いていると何やら城門辺りが騒がしいことに気づいた。
もしかしてシルビアさん達が帰ってきたのだろうか。
期待しつつ騒ぎの中心へと向かえば、広場に人集りができていた。
広場の真ん中に荷車に鎖でぐるぐる巻きにされた大きなサソリが横たわっている。あれがデスコピオンなのだろう。
砂漠の殺し屋という通り名に違わぬ恐ろしい体格だ。
太いハサミと尻尾の針に思わず身震いする。

デスコピオンの前にファーリス王子が膝をつき、王様に頭を下げている。
どうやら討伐の報告をしているようだ。



「勇敢な王子がいる限りサマディー王国の未来は安泰だ!さあ、ファーリスよ!民に言葉を!」



王様の言葉に国民がわっと湧く。
どうやらシルビアさん達は無事にデスコピオン退治を終えたようだ。
しかしそれならなぜこちらに顔を見せないのだろうか。
この広場のどこかで見ているのかもしれない。
そう考え辺りをきょろきょろと見渡していると、あちこちからどよめきと悲鳴があった。
王子の演説を遮るようにデスコピオンを捕らえていた鎖が千切れ、おぞましい雄叫びを上げた。
完全にはとどめをさしていなかったようだ。

逃げ惑う人々に私もどうしようと混乱の渦に飲まれそうになり、咄嗟にシルビアさんの姿を探していた。
一体どこへ行ってしまったのかと不安に押しつぶされそうになっていると
男の人が「みんなあわてるな!オレたちには王子さまがついてる!王子さまがきっと魔物を倒してくれるはず!」と叫んだ。

それに呼応するかのように

「そうだわ、きっと王子さまが倒してくださるわ!」「ファーリス王子がいるなら安心だ!」

と次第に町の人達のパニックは収まり、ついには王子コールが辺りを包んだ。
そうだ、こんな強そうな魔物を捕まえてきたのだからきっと大丈夫だと私もほっとする。
しかし、その王子はというと顔面蒼白で震えているように見えた。
一度やっつけた相手だというのに今さら恐くなってきたのだろうか。
ただ事ではなさそうな王子の様子に一度消えた不安がまたぶり返す。
周りは相変わらず王子へ熱い声援と期待の眼差しをおくっており、誰も王子の変化に気づいていない。
ますます王子の顔色が悪くなってきた所で、凛とした声が届いた。



「騎士たる者!」



聞き覚えのある声に一体どこから聞こえたのかと辺りを見渡して、上を向いて驚いた。
なんとシルビアさんがサーカスのテントのてっぺんに立っているではないか。


「信念を決して曲げず国に忠誠を尽くす。……えっ?」


突然のかけ声にも関わらず、その続きと思われる言葉を口にする王子。
そして疑問に思ったのか王子も辺りを見回して、サーカスのテントにいるシルビアさんを見つけた。
それを確認したのかシルビアさんがもう一度「騎士たる者!」と叫ぶ。


「どんな逆境にあっても正々堂々と立ち向かう!」


力強い王子の声が響く。
いつの間にか周囲の人々も何事かと静かになり様子を見守っていた。


「そう!アナタは騎士の国の王子!ひきょう者で終わりたくなければ戦いなさい!」


シルビアさんが鼓舞すると、王子は今までの怯えていた表情から覚悟を決めた顔つきに変わった。


「ボクは……騎士の国の王子!」


勇ましい声を上げて王子がデスコピオンに剣を振り下ろす。
大きなハサミが何度も王子を狙って繰り出されるが、それに負けじと王子も剣で応戦する。
その気迫はさっきまでの彼とは思えないほどであった。
一際大きな攻撃を受け止めた瞬間、王子の剣が耐えきれず折れてしまった。
しかし、王子は怯むことなく折れた剣で立ち向かう。
デスコピオンの振りかぶったハサミがあわや王子に突き刺さろうとした刹那、一筋の風がふたつの間に突き抜けた。
テントのてっぺんから飛び降りたシルビアさんがデスコピオンを一閃したのだ。

あ、あんな高い所から飛び降りた上に正確に魔物の急所を狙うなんて……。
強い強いとは思っていたが、まったく想像の遥か上を行く方だ。
呆気にとられる人々に、同じく目と口を開いている王子にシルビアさんが近寄り、軽くそのおでこを指で押した。


「やればできるじゃな〜い。かっこよかったわよ」

「あ、あなたは……」

「いい?騎士の国の王子さまなんだからいかなる時も騎士道を忘れちゃダメよ」


愛用の剣を鞘に戻して、倒れたデスコピオンを尻目に去ろうとするシルビアさんに今度は王様が声をかけた。


「ま、待ってくれ!騎士道に深い理解があるようだかそなたはいったい何者なのだ!?」


王様の言葉に私も心の中で同意する。
シルビアさんは謎が多いミステリアスな人だ。
過去を詮索するような事はしないし、あまり自分から多くを語らないから、長く一緒に旅を続けてきても知らないことはたくさんある。
呼び止められたシルビアさんは立ち止まって王様と王子の方へと振り返った。


「ただのしがない旅芸人よん」


そしていつもの見事なウインクをひとつ。
手をひらりと振って颯爽とその場を離れていく。
一連の出来事を見守っていた私はというと広場の入り口に移動してしゃがみこみ、自分の胸の辺りを押さえていた。
たとえその付近の服がしわくちゃになろうが構いやしない。

な、なんだあれ。かっこよすぎだろう……!!

あの人のかっこいい所は手足の指を含めても足らないくらい見てきたが、今回のは特にグッときた。
シルビアさんがこちらへと来る前にこの動機とひどい顔をなんとかせねば。


「やだ、ちゃんどうしたの?気分でも悪い!?」


吸って吐いてと呼吸を整えている最中に当の本人が来てしまった。
おまけに心配をかけてしまった。


「い、いえいえ、むしろ気分は最高なんですが。最高すぎてしんどいといいますか……」

「気分はいいのにしんどいの?本当に大丈夫?」


手を取り立ち上がらせてもらいながら、自分は元気だとアピールする。


「全然大丈夫です。それよりシルビアさんこそお疲れ様でした。さっきの見てましたよ!すごかったですね」

「ありがとう。サソリちゃんは退治できたし、王子さまは改心したし万々歳ね」

「あ!もしかしてこの前の気になることって王子さまのことだったんですか」

「うふふ、まあね」


なるほどそういうことだったのかと合点がいく。
よくよく話を聞いてみると、先日のウマレースも王子本人が騎乗していたわけではなく
替え玉の別人が出場していたらしい。デスコピオンもシルビアさんとその方たちで捕らえたそうで。
実際の王子はイメージとは真逆の人だったみたいだ。
それでも、今回の一件で王子も心を入れ替えたようだし、この国もきっと大丈夫だろう。
良かった良かったと勝手に一人すっきりしているとシルビアさんがぱちんと両手を叩いた。


「さ!問題は解決したし、そろそろ私達もサマディーを出るわよ!!」

「ええ!これまたずいぶん急な話ですね」


自由を愛する彼のことだから珍しくはないのだけれども。それにしても突然である。
荷物をまとめるべく宿を目指して歩きながら、次の目的地を聞いてみる。


「今度は邪神ちゃんをやっつけに行くのよ!」

「じゃ、じゃしん?なんですかそれ!?」


デスコピオン退治には王子の討伐隊の他に例の替え玉でも活躍していた4人の旅人が協力していたらしく
なんでもその一人が勇者であり、邪神と呼ばれる悪い魔物が復活するのではないかと言われているそうだ。
そんな訳で旅人達はその謎を解き明かすべく旅をしている。
ついでにサマディーに来ていたのは国宝である虹色の枝を求めて来たらしい。


「みんなの笑顔を脅かす邪神ちゃんなんて許せないじゃない!
 だからイレブンちゃん達の旅に私たちも同行させてもらおうと思って」

「おお……。なんか急展開すぎて頭がついていかないですけど
  ……分かりました!私はシルビアさんに着いていきます!」


正直いきなり色々な話が(しかも突拍子もない)あってまとめられていないのも否めないのだが
こちらの世界へ来てから不可思議な出来事には慣れてしまった。
なにせ剣と魔法の世界。魔物がいるのだから、その親玉みたいな魔王やら邪神やらいてもおかしくないだろう。
(そしてそんなヤバい奴をちゃん付けで呼ぶのがシルビアさんらしい)

確かにシルビアさんの夢はみんなを笑顔にするべく大きなホールを建てることだから、そんなおっかないものがいたら成立しないだろう。
私にできることは少ないけれど、今まで通りできることをやる。
きっとこの無駄に幸運な面も役に立つと信じたい。
一人かたく決意を固めているといつの間にか正面に回り込んでいたシルビアさんが私の肩に手を置いた。


「邪神ちゃんを倒すというからにはきっと今まで以上に危険な旅になるわ」


真剣な眼差しで話されて、もしかして足手まといだからと置いていかれるのではないかと不安になる。
続く言葉が怖くて、情けない表情になっていたのだろう。シルビアさんはふっと微笑んだ。


「そんな悲しい顔をしないで。別にちゃんを置いていこうなんて思っていないわ。
  ただね、これだけは約束してほしいの。絶対にアタシを傍から離れないこと。
アタシがどうしても傍を離れる時は他の仲間を頼ること。いいわね?」

「はい。分かりました。約束は必ず守ります」


シルビアさんがこちらへ来てから約束してくれた私の事を守るということ。
今まで破られたことはない。そして大きな目的が出来た今も違えずにいてくれることに私はとても救われている。
この人の傍にいれば無条件に安心できる。
そう思えるほど私はシルビアさんのことを信頼している。
さっきまで情けない顔からほっとした顔になったのを見たのだろう。


「ふふっ、いい子ね」


するりと頭を撫でられた。
照れ臭くなってきて急かすようにわざとらしく「さあ行きますよ!」と声をかけて先に歩き出す。
すぐに隣に並んだシルビアさんはしばらくニコニコと笑っていた。なんか恥ずかしい……。


「そ、そういえばその新しい仲間の方ってどんな方ですか?」

「そうねー、みんなとってもいい子よ!男の子二人と女の子二人。
 イレブンちゃん、カミュちゃん、ベロニカちゃん、セーニャちゃん。
 強くてそれぞれ個性的できっとちゃんも仲良くなれるわ!」


生き生きと語るその内容になんだか聞いたことある名前だなと私はその時間抜けにも考えていたのだ。
答えはすぐに分かることになる。







*****






宿屋で荷物をまとめて、お世話になったサーカスの一団に挨拶を済ませた。
その際散々団長からずっとここにいてほしいと懇願されたのだが、シルビアさんは大人の対応でさらりと交わしていた。
ほかの団員からも別れをずいぶんと惜しまれ
ミリィさん達からもいつでも戻ってきていいと涙ながらに言われたので、こちらもうっかり泣いてしまいそうになった。
なんだかんだでサマディーにも長くいたものだから、一抹の寂しさが胸を満たしている。


サーカスの仲間達と別れて、私達は新しい仲間がやって来るのを街の入り口で待つことにした。
そこでシルビアさんはどうせなら派手に登場を演出したいと言って、なんと高い門の上まで登ってしまった。




「待ってたわよ〜ん、イレブンちゃん!」



しばらく待ってるとお待ちかねの方々がやって来た。
突如聞こえてきた声にきょろきょろと辺りを見回す勇者一行。
どうやら上から聞こえたようだと頭上を見上げると門の上にシルビアさんがぴしっとした姿勢で立っていた。
もちろん私はそんな高い所に登って飛び降りれるわけもないので、彼らのすぐ側にある井戸の陰に隠れている。


「げっ!何しに来たんだ!?まだオレたちに用があるのなよ!」


青い髪の青年、カミュさんが驚いたように言う。
それに不適に笑いながら飛び降りて華麗に着地するシルビアさん。
相変わらず人間業じゃない。


「も〜、決まってるじゃないの!アタシもついてくわ。
 命の大樹を目指す旅に!そして邪神ちゃんを倒すのよ!」

「おいおい冗談じゃねえ!いきなり出てきてなに言ってんだ!オレたちの旅は遊びじゃねえんだぞ!」


軽い言い方に聞こえたのか、カミュさんが憤ったように制止する。


「もちろん遊びでついていく気はなくてよ。旅芸人として世界中を回ってたくさんの笑顔と出会ったわ……。
 でもねそれと同じくらい魔物に苦しめられている人々の悲しみにも出会ったの……」


真剣な表情で語るシルビアさんにイレブンさん達も口をつぐんだ。


「アタシの夢はね、世界一大きなホールを建ててそこで盛大なショーをして世界中の人々を笑わせることよ。
 でもみんなから笑顔を奪おうとする邪神ちゃんがいたらその夢もかなわなくなるじゃない?
 だ・か・ら、アナタたちの旅の目的はアタシの旅の目的でもあるってワケ!それじゃみんなこれからもよろしくねん!」

「やれやれ。相変わらず強引なヤツだぜ」


半ば無理矢理といった感じも否めないが、どうやら納得してくれたようだった。


「そうそう、ついていくのはアタシだけじゃなくってよ。ちゃん!出ていらっしゃい!」


シルビアさんに呼ばれて井戸の陰から顔を出す。
小走りでシルビアさんの隣に並ぶと、みなさん驚きの表情で私を見てきた。


「あ!お前は!」

「えーと、皆さまお久しぶりです。
 シルビアさんと一緒に旅をしていると申します。改めましてよろしくお願い致します」

「なあに、みんなちゃんと会ったことあるの?」


不思議そうにしているシルビアさんに先日の迷子の一件を話す。


「へえ〜、そんなことがあったのねぇ。これも何かの縁かしら」

「あの時はさまにはお世話になりましたわ」

「いえいえ、そんな大層なことは……」

「ところではちゃんとこの旅のこと分かってるの?結構危ないこともあると思うんだけど」


ベロニカさんの疑問に最もだと私も首肯く。
たぶん戦うこともあるけど、見るからに一般人な私を案じてくれているのだろう。


「それなら大丈夫よ。伊達にアタシと旅を続けてきてはいないし、直接戦闘には参加できないけどある程度対処できるわ。
 それになんといってもちゃんは幸運の女神さまなんだから!」


腕を組んでフォローしてくれるのはありがたいけれど幸運の女神は言い過ぎではないだろうか……。
案の定みなさんどういうことだという顔をしていらっしゃる。


「それどういう意味なの?」

「まあ旅を続けてる内に分かると思うわ!それより、アナタたちこれからどうする気なの」


今後の旅のプランをシルビアさんが問えば、セーニャさんが詳しく説明してくれた。
彼らの目的は命の大樹へと辿り着くこと。
そのカギである虹色の枝を求めてサマディーへやって来たものの、王様が枝を商人に売ってしまったらしい。
そんな簡単に国宝を売っちゃうのかと驚いたがベロニカさんが「だから今回のウマレースはあんなに派手派手だったみたいよ」と説明してくれた。
みんな呆れたようである。
申し訳なく思った王様がその商人はダーハルーネに向かったと教えてくれたそうだ。


「なるほどね。でもあそこは港町。
 もう船に乗って海に出てるかもね〜。そしたらどうやって追うつもりかしら」

「そうですね……。その場合は定期船を乗り継いでいくしか……」

「ダメダメ。定期船なんかじゃあまりにも時間がかかりすぎるわ。いつまでたっても追いつけないわよ」

「それじゃどうしろっていうの?」

「ふふん。船で行けばいいのよ。自分たちで自由に使える船でね……そう!アタシが持ってる船で!」

「シルビアさんすごいわ!やっぱりただ者じゃないと思ってたのよ!」


なんて分かりやすい手のひら返し。
ベロニカさんの声のトーンが変わったぞ。
しかしそんなあからさまでも彼女だとかわいらしく見えるのが不思議だ。


「その船お借りしてもいいですか!?」

「もちろんよ〜!仲間じゃないの!それじゃアタシの船が泊まってるダーハルーネに行くわよ!
 ダーハルーネはここより西!さあ、しゅっぱ〜つ!」


これからの旅の行程がすんなり決まり、シルビアさんの元気なかけ声に合わせて出発する。

ここから私達の新たな旅路が始まったのだが
山あり谷ありの大変困難な出来事がたくさん待っているとはあの時の私は知るよしもなかったのである。













19.10.19