あの後、結局逃げ出したまま自由時間は終了してしまった。
おまけに図書委員の出し物である古本市の売り子当番を忘れていて委員の子達にひたすら謝り倒した。
そして今、そのお詫びとして今私は図書室で古本市の後片付けをしている。
皆手伝うと言ってくれたがそれじゃあお詫びにならないし、そんな量は無いからと丁重に断った。
売れ残った本を整理していたら、背後の引き戸がからりと音を立てた。振り返ればそこには柳君がいた。


「あれ、どうしたの柳君。」

「先約していた本を受け取りに来た。」

「ああ成る程ね。ちょっと待ってて。」


古本市には売ってる本を予約できる裏的なシステムが実はある。
一部の人には知られている方式なのだが、
売り出し前に売る本を見て、ほしい場合は予め代金を支払って取り置きしておく、というものだ。
まあ利用するのなんて図書委員か図書室常連さんしかしないんだけど。
取り置き用に分けておいた本から柳君の名前が書かれた付箋つきの本を見つけた。
付箋をぴっと剥がしてから柳君に手渡す。
ぱらぱらと渡した本を捲りながら、ところで、と唐突に切り出した。



「仁王と何かあったのか?」



バサバサと積んでいた本の山を勢いで崩してしまった。
柳君は至って冷静かつ淡々と先の言葉を述べた。
いやいや、別に私も何でこんな動揺してるの。
喧嘩したわけでもあるまいし。……腹パンはしたけど。


「な、何で?」

「仁王が少々落ち込んでいたからな。」

「マジすか。」


あの仁王君が落ち込んでいるだと…?

いや、でも私が一方的に殴って逃げたんだし、そりゃあ何か思うこともあるだろう。
それにあれは傍から見たら通り魔みたいなものではないか。
なんか急にいたたまれなくなってきた。


「その、私が悪かったと言いますか不可抗力と言いますか……。」

「……」

「だって仁王君が変なことを言うからつい―。」


そこでまたあの時の光景が脳裏に過ぎった。

端正な顔がぐっと近づく。

頬に触れたさらさらの銀髪。

耳にかかった吐息。

思い出しただけでぼっと顔が赤くなって心臓がどくどく暴れだす。
頭を抱え込んで唸っていたら「ほう。」と小さく呟いた。


「成る程な。いいデータが取れた。」

「いやいや何のデータですか。そのノートに何書き込んだのやめて…!」

「気にしないでくれ。」

「大いに気にしますが。」

「俺はここで失礼するとしよう。」

「無視か。」


私の抗議をスルーして颯爽と柳君は去って行ってしまった。なんだこの敗北感。
私が羞恥に呻く様をデータに取るとか何なんだマジで。
やりきれない思いを引きずりつつも片付け作業を再開した。








*****








「よし、こんなものか。」


なんとか片付け終わってふと外が騒がしいことに気づいた。
どうやら後夜祭が始まったらしい。
そういえばクラスの喫茶店の片付けはどうなっただろうか。
今からでも手伝いに行こうかと腰を上げた。


「わっ!」

「ふぎゃ!」


背後から声をかけられて思いっ切り変な叫び声が出た。
ばっと勢いよく振り返り見たら、腹を押さえて笑っている仁王君がいた。


「なんじゃ今の声!ふぎゃっつったぜよ…!」

「君が驚かせたせいでしょうが!」


今度は違う意味でばくばくと暴れだした心臓を手で押さえた。
最近心臓に負担かける出来事が多すぎる。寿命縮まったらどうしてくれるんだ。


「いやあ、すまんかった。」

「まったくだよ。」

「ちょっと用があって探しとったんじゃ。ほれ。」


そう言って仁王君が何か包みを投げてきた。
慌ててキャッチして見ると、我がクラスで作ったクッキーやらマドレーヌ等のお菓子が入っていた。


「これ…」

「余った分を皆で分けたんだ。それはの取り分。」

「ああ、そうだったんだ。わざわざ届けてくれてありがとう。」


いや、と小さく仁王君が返事して、会話が途切れてしまった。
途端に静まり返る室内。

き、気まずい。

そうだ、さっき私がかなり失礼なことを仕出かしたことを謝らないと。


「「あのさー」」

「え」

「あ」


まさかの丸かぶりである。
同時に顔を上げ、声まで同じタイミングとはなんとも間が悪い。


「仁王君からどうぞ。」

「いやから言いんしゃい。レディーファースト。」

「いやいや普段やらん人が何を言うか。」

「失礼なやつじゃな。ええから。先、言え。」


くいと顎で続きを言えと促してくる。
じゃあ遠慮なく私から、と断ってから意を決して言葉を紡ぐ。


「さっきはごめんなさい。」

「さっき?」

「ほら、急に逃げ出したし。腹パンもしたし。」

「ああ…あれはなかなか効いたぜよ。」

「うっ、だからごめんって!
 …仁王君せっかく気つかってくれたのに。本当にごめんなさい!」


仁王君に向き直り、ばっと頭を下げた。

暫し沈黙が落ちて仁王君の返事を緊張しながら待つ。
そうしていたらぽんと頭に手の平が乗せられた。驚いて頭を上げる。



「別に俺は気にしとらんよ。」



またぽんぽんと頭を撫で、ふわりと笑った。
その顔に私は思わず目を丸くする。
するとふっとまたいつもの仁王君の顔に戻って訝しそうに私を見た。


「なんじゃその顔は。」

「…い、いいや別に!」

「ほー…。」

「仁王君こそなんだよその顔は。」

「べっつにー。」

「……。(すげえ腹立つな)」


ふいと顔を逸らして窓の外を眺めた。
グラウンドではわいわいとみんな楽しそうに盛り上がっている。
あ、そういえばどっかのクラスが出してた焼きそば食べてないや。
友達がおいしいって言ってたのに。

もやもやとそんなこと考えてたら、横から視線を感じた。
そろりと顔を向けると仁王君がガン見していた。
負けじとこちらもガン見したら、仁王君がぶはっと吹き出した。


「ははっ、変な顔じゃ。」

「おまっ…それは失礼だろうが!」

「すまんすまん。」


急に吹き出したり真顔になったり自由な人だ。こっちの気も知らないで。
まあ、仁王君があんまり気にしてないみたいでよかった。ちゃんと謝罪もできたし。

横に立ってぼうっと窓の外を眺める仁王君をこっそり盗み見る。
いつもの飄々としたどこかぬけた表情だ。さっき見せた笑顔には驚いた。
だって仁王君があんなにやわらかく、優しく笑う所なんて見たことなかったから。
思い出すとまた胸がもやもやした。
どんどんと胸を叩いていたら不審な目で見られた。


「なんだどうした。」

「なんでもないです。」

「そうか?」

「うん。…あ!そうだ仁王君焼きそば奢ってよ!」

「なんじゃ唐突に。」

「友達がおいしいって言ってたのに仁王君のせいで食べそびれたの。
 だからまだ後夜祭で店やってるらしいからぜひ。」

「俺のせいか。つかまだ図書の片付け終わっとらんやろ。」

「じゃあすぐ終わらせて行こう!仁王君も手伝って!」

「奢らされるうえに手伝えってどんだけ。」

「この前ガリガリ君奢ってあげたじゃんか。」

「いつの話じゃそれ。」





渋々ながら本を手に取り片づけ始める仁王君を見やり
私も急いで片づけるために段ボールに仕舞われた古びた本に手を付けた。















芽吹く祭のあと。









12.4.1