「、なんかあっただろ。」
逃げるように教室を後にしてから、私はほぼ無心で帰りがけにスーパーに寄り買い物を済ませて夕飯を作り上げた。
その夕食をお母さんと兄ちゃんと私で囲んでいた時である。
唐突に先の台詞を兄ちゃんがぽろりとなんでもないふうにこぼした。
「どうして?」
「だって今日のご飯凝ってるから。」
内心どきりと動揺したのを隠すようになるべく平静を装った。
すると兄ちゃんがテーブルに並べられた夕食を見ながらそう言った。
今日の献立はハンバーグカレーにサラダである。
「は悩んだりしてる時手の込んだ料理を作ったりするものねぇ。」
「そうそう。大量にクッキーとかドーナツとか作ってたこともあったな。」
お母さんも兄ちゃんに同意するように答える。
確かにその通りなのだが、いざ目の前でそう言われるとなんだか決まりが悪い。
「別にたいしたことじゃないよ。」
「ふーん。」
兄ちゃんが目を細めて嘘つけみたいな顔をしてきたが、如何せん内容が内容なので言いづらい。
しかも私自身なんであんなもやもやした気持ちになっているのか分からないのだ。
なのでここは悪いけど濁して逃げるに限る。
「そう。ならいいんだけど。」
「うん。…じゃあ私宿題が済んでないからもう部屋戻るね。」
お母さんは絶対私の様子が変だって気づいてるけど、深くは詮索してこなかった。
適当な相槌をうって宿題をやるという嘘をついた私にがんばってね、と言葉をかけてくれた。
食器を台所へ持って行ってから、階段を駆け上がる。
お母さんのなんでもない扱いが有り難かった。
*****
ばふっとベッドにダイブして何をするわけでもなく、ぼんやりと天井を眺めていた。
すると、枕の傍に置いてあった携帯が突然けたたましく鳴り出したので心臓が飛び出しそうになった。
バクバクと暴れる心臓を落ち着かせつつ、携帯を拾い上げる。
誰だろうとディスプレイを見れば小春ちゃんから電話だった。
「もしもし。」
「ちゃん?久しぶり〜!」
「うん、久しぶりだね。どうしたの?」
「特にこれといった用はないんやけど。ただちゃんとお話したかってん。」
「あらま。そうだったの。」
とんとんとリズムよく進む会話に暫しあの胸の蟠りが和らいだ気がする。
でも片隅にはもやっとしたそれが嫌でも感じられて気分が沈みそうになる。
しかし小春ちゃんに気づかれるわけにはいかないとなるべく明るくしようと努めた。
「なあ、ちゃん。」
「なんだい小春ちゃん。」
「なんかあったん?」
「え…。」
兄ちゃんのさっきの言葉と重なる。
なんで小春ちゃんにまでわかっているんだ。
「うふふ、私には何でもお見通しやで。」
そう言って笑う小春ちゃんにふっと肩の力を抜かれた気がした。
今まで気張って神経尖らしていたのもお見通しだったのだろう。
「…まったく、小春ちゃんには敵わないなぁ。」
私もようやく小さく笑みをこぼして、小春ちゃんに事のあらましを説明することにした。
*****
小春ちゃんに全ての出来事を話した。
仁王君の名前は伏せて話を進めていく。
その人を見ると何だか変な感じになってしまうこと、
告白現場を目撃したこと、それからずっともやもやすること。
ぽつりぽつりと聞きづらくわかりにくい話であろうに小春ちゃんは真剣に聞いてくれた。
話し終えるとややあと小春ちゃんがその口を開いた。
「ちゃんの話はよくわかった。でも私の口からはその答えを言うことはできん。」
「なんで…」
「それはな、ちゃんが気づかなあかんことやねん。
もう頭も少しは冷えたやろうし、いっぺん正直に自分の心と向き合ってみて?」
「自分の心に…」
「そう。ちゃんならきっと大丈夫や。がんばってな!」
ほな、とそう言ってから小春ちゃんは電話を切ってしまった。
しばらく携帯の画面をぼうっと見つめ、先程小春ちゃんが言っていた言葉を反芻する。
自分の気持ちと向き合うことか…。
ゆっくり目を閉じてこれまでの出来事を思い返した。
三年生になって丸井君と仁王君と同じクラスになった。
仲良くなって一緒に遊んだり、試合の応援に行ったり、その後心ない男子の発言で一悶着あったりもした。
そうだ、あの時から仁王君に対して不思議な心がざわめくような感情を抱くようになったのだ。
そして更にそれが深くなったのが文化祭の時で。
決定的だったのが今日の告白現場の目撃である。
あの時私は仁王君が告白されたのを見て女の子を受け入れたらどうしようだとか嫌だとかそう思っていた。
そして好きな人がいると仁王君の口から聞いて、私は―。
ぱちり。
唐突に全てのパズルのピースがきれいに枠の中に収まった感じがする。
今日までの出来事と私の中に渦巻く様々な感情が混ざり合ってひとつの答えを導き出す。
ああ、そうだ。
どうして今になるまで気づかなかったんだろう。
― 私は、仁王君のことが好きなんだ……。
その思いに気づいて。
12.10.7