現在の状況。
体育倉庫に閉じ込められました。以上。
「以上じゃないよどういうことなの…!」
試しに扉を押したり引いたりしてみるが、
ガチャガチャと鍵がかかってますアピールになるだけでちっとも開かない。
「意味分からん。何だこの急展開は。昼ドラ?昼ドラなの?」
「ちょっと落ち着きんしゃい。」
「あいた。」
ゴスッ、と仁王君が繰り出したチョップを頭上で受け止め、少しだけ気持ちを取り戻す。
「まず、落ち着いて状況整理。は何でここに来たんだ?」
「ええと、丸井君から体育の先生が呼んでるから早く行けって。」
「ふむ。」
「で、倉庫に来たら中に仁王君がいて、
背中をいきなり押されて中に倒れ込んだと思ったら閉じ込められてました。」
「なるほど。」
「仁王君は何でここに?」
「俺は幸村がここに来いって言うたから。」
「幸村君に呼び出しされたとか一体何やらかしたの。」
「別にやましいことは……ないぜよ。」
「その間はなんだよ。」
「で、俺も倉庫に来てみたら幸村おらんし
中覗いてたらが来て、そして今に至る。」
「うーん。そっか。」
状況整理したもののさっぱり分からん。
背中を押された感覚がある以上誰かが故意にやったと思うんだけど理由が見当たらない。
私何か人に恨み買うようなことしただろうか…。
うんうん悩んでいたら隣でちゃんと考えてんのかどうかいまいち緊張感がない仁王君が「あ。」と突然声を上げた。
「なに、どうしたの?」
「なんか紙が入っとった。」
「紙?」
仁王君がブレザーのポケットから折り畳まれたメモ用紙を取り出した。
さっきまでは入ってなかったと訝る彼に開けてみたら?と促す。
四つに折られたそれを開いてみて私達は更に目を丸くすることになる。
「…えー、『がんばれ! 仁王を応援する一同より』―ってなんだこれ。がんばれって何を?」
「……。」
メモにはたったそれっぽっちが書いてあるだけでさっぱり意味がわからない。
仁王君はその文を見た瞬間フリーズし、かと思えば急に片手でそのメモをぐしゃりと潰してそのまま頭を抱えてしまった。
「ど、どうしたの仁王君。」
「あー、うわー、なんじゃそういう事か。あいつらまったく余計な事を……。」
「よくわかんないけど大丈夫?」
ぶつぶつと何事か呟きながらあさっての方向を見る仁王君にまさか頭をやられてしまったのか少し不安になった。
暫く仁王君の様子を見守っていると、落ち着いたのかそれはもう深いため息を吐き出した。
なんか目が据わってるよ仁王君。
「大丈夫じゃ。ここにずっと閉じ込められる心配はないぜよ。」
「え。そうなの?」
「ただ出るにはちょっとばかし時間がかかりそうだがな……。」
「ふうん。そうか、出られるならまあいいや。」
なんだか私には訳が分からないけども仁王君が言うのだから大丈夫なのだろう。
閉じ込められっぱなしにはならないとそれだけでも分かってちょっと安心した。
とりあえず一息ついた所で隣り合わせでマットの上に座る。
途端しんと静まり返ってしまった。
そういえばさっきまで焦りまくってて頭が回らなかったけど、
今この状況って仁王君と(ほぼ)密室状態で二人きり。
……やばい。これは非常にまずい。
今までは誰かしらが一緒にいて気づかれないように振る舞えてたけど、久しぶりの二人でのこの状態は本当に気まずい。
いや、まあ勝手に私が意識してるだけだが。
ちらりと隣を盗み見ればその横顔に心臓の音が早まった。
慌てて前を向き直り、さてどうしたものかと考える。
黙ったままじゃ余計な思考に埋もれてしまいそうだし、何か話さなければいけない。
そうは思ってもぱっと話題が浮かばない。
この思いを自覚するまでは普通にぽんぽんと会話していた筈なのに…。恐るべし恋心。
それにしても痛い、沈黙が痛い。
何か何か話題はないのか!
いてもたってもいられなくて立ち上がり、気を紛らわせようと体育倉庫の中を見回す。
跳び箱に籠にたくさん入ったバスケットボールにバレーボール。
あと棚には細かな用具がぎゅうぎゅうに詰められていた。
体育委員ちゃんと整理しようよ。
どうでもいい事を考えて少しでも緊張感をやり過ごそうと奮闘していた。
「。」
「うひゃ、はい!」
思ったより近くで名前を呼ばれて心臓が口から飛び出るかと思った。
おかげで変な声が出てしまうし。
慌てて振り返ればすぐ傍に仁王君が立っていて、更に心臓が忙しなく脈を打つ。
これ以上心臓酷使したら死ぬんじゃないかと思うくらいだ。
仁王君が何故か真剣な面持ちで一歩近づいてくる。反射的に後ろへ一歩退いた。
「…なんで下がるんじゃ。」
「え、なんとなく…?」
自分でも分からないが仁王君の行動も分からない。
一歩近づけば一歩下がる。
地味な攻防を繰り返し、背後に棚があるという事をすっかり忘れていた私は。
「あ。」
どちらとも言えない声が倉庫にぽつりとこぼれる。
思い切り背中から棚にぶつかった。
衝撃でみっちり詰まっていた用具達が棚からぶわっと吐き出された。
頭上から降ってくるそれらをどこか人事のようにゆっくりとした感覚で眺めた。
すると腕を引かれる感覚がして暖かいものに体が包まれた。
直後にバサバサと棚の用具が落ちてきた音がしたけど、ぶつかった感触がまったくしない。
知らずうちに閉じていた目を恐る恐る開ければ、まず視界に白いシャツが見えた。
「大丈夫か。」
頭上から心配そうな仁王君の声が聞こえて、
そこでようやく仁王君が私を庇って助けてくれたのだと理解した。
「あ、うん。私は大丈夫。ってそれより仁王君は大丈夫なの!?」
「別に平気。重い物はなかったしな。」
その言葉に安心してほっと息を吐く。
少し落ち着いたところでだんだん状況を把握していった。
もしかしてもしかしなくともこの体勢は抱きしめられているのではないか。
背中に回る仁王君の腕がそれを如実に語っている。
じわじわと顔が熱くなってやっと静かになっていた心臓がまたうるさく鳴る。
こんなに近いと仁王君に悟られやしないかとひやひやする。
「あ、ありがとう仁王君。助けてもらっちゃって……。」
「ああ。」
お礼を言ってさりげなく離れようと胸を押してみたけど思いの外力が強くて離れない。
あれ?何でだ。
おかしいと思いながらもこちらも離れようと試みるが一行に緩まず、あろうことか仁王君は私を抱きしめる力を一層強くした。
さっきまで少しだけ空いてた隙間がなくなり完全に密着している。
最早恥ずかしさを通り越して半ばパニックに陥っている。
「ちょ、仁王君!いったいどうしたの!?」
「…、よく聞いてくれ。」
あわてふためく私を余所に真剣な声で言葉を紡ぐ仁王君に私もちょっとだけ冷静さを取り戻す。
背中に回されていた手が肩に乗せられ、引っ付いていた体が少し距離が空いた。
仁王君の真面目な緊張を含んだような顔が間近で見える。
「俺…のことが好きだ。」
静かな空間に仁王君の低い声が反響する。
今、彼は何と言った…?
信じられないようなびっくりする事を言わなかっただろうか。
「に、仁王君。今なんと申しましたか…。」
「人の決死の告白を何度も言わせなさんな。…が好きだと言うとるんじゃ。」
もう一度確認してみてさっきの言葉が聞き間違いなんかじゃないことが分かった。
そんな、まさか夢みたいなことがあるわけが―。
「いやいや、夢じゃないからな。」
一応夢かどうかぐにりと頬を摘んだら、仁王君が呆れたように摘んだ手を外してきた。
仁王君が私を好き―。
でも好きな人がいるって告白されてた時言っていた。
…ん?じゃああの時言ってた好きな人ってもしかして私だったのか。
「今までのやきもきはいったいなんだったのか……。」
「なんか言うたか?」
「いえ別に。」
あの日慈しむように好きな人がいると言っていた光景がさっと頭に過ぎる。
他の誰でも駄目だと、仁王君はそう確かに、あれは私に向けられた言葉だったんだ。
途端にどうしようもなく愛おしいような切なくなるような気持ちでいっぱいになる。
これが夢でもなくて勘違いでないというならばこんなに嬉しいことはない。
少し下を見ていた視線を持ち上げて仁王君の目をしっかりと見つめた。
さっきまでうろたえてばかりいた時とは違ってちゃんと顔を見ることができた。
いざ言葉にしようと口を開こうとすると多少の気恥ずかしさが溢れて止まりそうになる。
仁王君もこんな気持ちでだったのだろうか。
「私も仁王君の事が好きだよ。」
あんなに構えていたのが嘘みたいに声に出せば案外するりと出てきていた。
仁王君は一瞬息をつめて切れ長の目を丸くした。
そして見たことのないゆるやかな笑みをこぼして、私を壊れ物でも扱うようにゆっくりしっかり抱きしめた。
「嬉しい。すごく。」
「私も嬉しい。」
「。」
「何?」
「俺を好きになってくれてありがとう。」
仁王君がそんなことを言うものだからじわりと視界が滲んでふやけてしまう。
私はゆるゆると緩んだ頬を隠すように肩に顔を押し付け、背中に手を回してぎゅっと強く抱きしめ返した。
「こちらこそ。―ほんとにありがとう。」
きみに伝えたいこと。
13.5.18