季節はあっという間に巡っていく。
しんしんと冷えていく寒い冬がやって来て、中学三年生には避けて通れないあれもやってきた。
そう、受験だ。
幸い立海はエスカレーター式の学校なので受験と呼ばれるものはないが進級試験はある。
外部へ受験する子もちらほらいるが大半はそのまま上がっていく。
そのため一様に試験の為に勉強を始めるのだ。
例に漏れず私達もあのぴりぴりした空気に苛まれながら一所懸命勉強に励んだ。
12月はあのクリスマスという一大イベントがあったが、
お互い受験生ということもありいっしょに過ごすことはなかった。でも電話で話はした。
とりとめのないことばかり話して、ただそれだけでも嬉しくて楽しくて電話を切った後も自然と顔がにやけた。
その瞬間をばっちり家族に見られていて、青春してるわねーだの締まりがないだの色々言われる羽目になった。
そういえばお母さん達に一応それとなく仁王君と付き合っていることを報告した時はすごい反応だったな。
あのイケメンがの彼氏にだと…!と兄ちゃんに驚かれ
お母さんに至ってはこんな奇跡二度と起きないから絶対逃がすなとか失礼極まりない御言葉を頂いた。
ちなみに小春ちゃんにも報告したらものすごいきゃーきゃー言ってた。
へたな女の子より女の子な反応を頂けました。
そんなこんなで受験生故の寂しいクリスマスを過ごし、年が明けた時は進級祈願も兼ねて仁王君と初詣に行った。
人が多くて少し疲れたけれどちゃんと進級できますようにと切に願って、おみくじも引いてきた。
小吉というなんとも微妙な結果だった。
お正月も淡々と終わり、勉強も佳境に入りついに試験当日に。
お互いやったろうぜと皆で気合いを入れ宿敵試験へと立ち向かうのであった。
*****
目の前をひらひらと無数の桜の花びらが舞い降りていく。
式を終えて談笑したり写真を撮ったり皆思い思いに過ごしている。
結果的に私達は無事に進級することができた。
全てが終わった後の解放感ったらなかった。
ここぞとばかりに遊びに行って騒ぎまくって楽しかったな。
卒業式も粛々と進み、やはり同じ学校で繰り上がるとはいえ感慨深いものがある。
かくいう私も山センの最後の挨拶の時はうっかり泣きそうになった。
だって珍しくまじめなことを言うもんだから。
わいわいと盛り上がっている卒業生らを少し離れた桜の木に凭れながらその様子を眺めていた。
ふと隣に気配を感じて顔を向けると仁王君が立っていた。
よ。と短く交わされた挨拶に私も同じように返す。
「ほんとあっという間だったねー。」
「ほんとにな。」
「でも中学3年間の中で今年が一番濃かったよ。」
「俺もじゃ。」
色々あったよね―。
続けて出てくるのはあの頃の懐かしい思い出ばかり。
春に初めて仁王君や丸井君と出会った時の衝撃。銀髪赤髪はびっくりしたよなぁ。
私が仁王君に頭痛薬を上げてからなんとなく会話するようになって、そこから後輩の切原君とも仲良くなって。
夏にはテニスの大会を見に行ったね。
試合っていうのを初めて見てテニスってこんな激しい恐いスポーツだっけって本気で思ったよ。
でも懸命に打ち込んでる皆を見て拙いながらもすごいなって感動してたんだ。
夏が終わってからの文化祭。あれも楽しかったなぁ。
クラスで一丸になって模擬店盛り上げたよね。優勝できなかったのは残念だったな。
え?焼き肉食べ損ねたのまだ残念がってるの?あはは、仁王君はほんと肉好きだよねー。
そうそう文化祭といえばテニス部のシンデレラ!あれを忘れちゃいけないよ。
まあ忘れようにもアレは忘れられんけどさ。
すっごいおもしろかったよねー。特に切原君がさぁ……ぶふっ!あーだめだ思い出しただけで笑ける。
仁王君のあの格好も似合ってたよ。胡散臭くて。
うそうそ冗談だからそんなじっとり見ないで。
ん?文化祭から進展したって言うのにその辺は話さないのかって?
……あはは、やだなぁ仁王君たら確かにそうだけどもあの時期のあの辺りって自分でも色々と思い出すと恥ずかしくて……。
や、ほんとでも嬉しいことも大変だったこともいっぱいあったよね。うん。
「無理矢理終わらせおったな。」
「それは言わぬが花というもんですよ仁王さん。」
この一年間の濃い思い出を振り返りつつ談笑する。
ふと会話が途切れた時に仁王君が「おお、そうじゃ」と声を上げた。
なんだろうと隣を見やれば身を預けていた桜の木から離れて私の真正面に来る。
「どうしたの?」
「手、出してみんしゃい。」
「手?何で?」
「ええから。」
頭に疑問符を浮かべつつ素直に手を差し出した。
すると仁王君は制服の胸の辺りからブチリと引きちぎると私の手に乗せた。
「に、仁王君。これはもしや所謂第二ボタンというやつでは……。」
「おー。そうじゃ。」
ころんと手のひらに転がっていたのは仁王君のブレザーのボタン。
しかもこれはかの有名な第二ボタンである。
「なんじゃその反応は。いらんのか。」
「いります!いりますとも!
ただ青春の貴重な体験をしているとうち震えていただけで……。」
「ふはっ、なんじゃそれ。」
吹き出して笑う仁王君に釣られて私も破顔する。
「うん。嬉しいよ。ありがとう。」
続けて礼を告げれば今度はやわらかい笑顔を向けられるものだから、なんだか気恥ずかしくて視線を落とした。
そこではたと気づいた。
仁王君のブレザーのボタンは先程私がもらったボタン以外は全て着いていた。
てっきり全てもらわれたのかと思っていたんだけど。
「仁王君。ボタン他は取ってないんだね。」
「以外には渡さんって決めとるからな。」
さらりと言いのけた言葉に今度ばかりは顔が熱くなった。何それ不意討ちすぎますよ。
せっかく気恥ずかしさが抜けてきたと思ったのにまた復活してしまったではないか。
ゆるゆると顔を俯かせていると、またククッと笑われてしまった。
「なんか楽しんでませんか。」
「いいや。はかわいいなと思っただけぜよ。」
「うわあもう恥ずかしいからやめて!」
恥ずかしさの無限ループに嵌まろうとしていたので
何とか話題を切り替えようと頭を働かせていた所未だ手のひらで主張するボタンに意識が向いた。
握っていた手をほどいて鈍く光るボタンを見つめる。
これって何かお返しとかいるんだろうか。
「仁王君。お返しに私のボタンあげるよ。」
「は?」
「いや、気持ちをもらったから私もお返しにその気持ちをあげようかと…」
そうなんだか若干尻すぼみになりながら言うと仁王君は暫し考える様子を見せた。
え、まさかのいらないとか言われたらどうしよう。
それって私の気持ちはいらねえよってことになるよね。
でも仁王君からはもらえたしどういうことになるんだ。
密かに脳内で混乱しているとふいに私の右肩に仁王君が左手を置いた。
なんだろうと顔を上げた瞬間、影が覆い被さった。
同時に一瞬唇にやわらかい感触がした。
仁王君の長い睫毛が見えておでこにはさらりとした銀髪が擽った。
左には木に手をついた仁王君の腕が見えて頭の端でこれは覆い被さられてるのかなんて暢気に考えていた。
すうっと彼が離れた所で私もぽかんとただ見上げるしかなかった。
「なんちゅう顔しとるんじゃ。」
口開いとる。指摘されて慌てて閉ざした。
や、だって今のはあれですよね言わずもがなあれですよね。
理解した瞬間ぼっと顔が赤くなった。
顔から火が出るってこういうことですね分かります。
さっきと比べ物にならないくらい恥ずかしくて思わず両手で顔を覆った。
「え、まさか泣いとるん?泣かせた?」
「泣いてないです断じて。
ちょっとキャパが限界値に達しただけだからちょっとそっとしてて下さい。」
「なんじゃ照れとるだけか。泣くほど嫌なんかと思ったぜよ。」
「そんなわけない!……ですよ。」
ばっと顔を上げて勢いよく言ったもののあまりにも食い気味すぎて気恥ずかしくなり誤魔化すように言葉を足した。
するとふわりと微笑むもんだからもうどうにでもしてくれという気になってきた。
ここまで照れると振り切ってしまうものである。
ざあっと桜の花が音を立て、風が熱をはらんだ頬を滑っていく。
目の前の仁王君の手を取ってまっすぐ顔を見上げた。
「これからもよろしくね。」
笑って告げれば仁王君は少し目を丸くした。
続いて目尻を下げて笑うとぎゅっと手を握り返してくれた。
「ああ。」
DISTANCE
14.6.8