ピリリリ
突如静かな空間を機械的な音が引き裂いた。
その甲高い音に否応なしに眠りから叩き起こされ、まだぼんやりとしたまま音の出所である枕元に置いたスマホを探る。
同じく近くに置いてあった時計をちらりと確認すれば夜中の3時を指していた。ふざけんな。
こんな非常識極まりない時間に電話をかけてくるやつなんざ一人しか思い当たらないのだが念のため鳴り続けるスマホを取り上げ確認する。
煌々と光るディスプレイに表示された名前を見て、やっぱりかとそのままスマホを俯せにして再び布団の中へ潜り込んだ。
せっかく気持ちよく寝てたのに最悪だ。
草木も眠る丑三つ時すら越えてんだよいい加減にしろ。
相変わらず初期設定のままの味気ないコール音が鳴り響いているがひたすら無視する。
あーあー聞こえない聞こえない。
電話なんて鳴ってないんだ気のせいなんだ。
頭まですっぽり布団を被って知らんぷりを決めこんでたら、今度は玄関のドアを叩く音がして跳ね起きた。
「ちゃあん、起きてんだろー。開けろー。」
がんがんがんがん
がちゃがちゃがちゃがちゃ
さっきディスプレイに表示されていたやつがまさか自分の家の前にいるとは誰も想像しないだろう。
わあわあ何か言いながらドアを叩き、ノブをむやみやたら捻りおまけにそれを行いつつスマホは鳴りっぱなしの状態である。
ああもう!あいついっぺん死ねばいいのにくっそ!!
足で布団を蹴り上げてベットから下りると真っ直ぐに玄関へと向かう。
自然と荒くなってしまった足音は許してほしい。
「貴様は完全に包囲されているーって、お?」
「うるせええ!今何時だと思ってんだバカヤロー!!」
あわよくば顔面にぶち当たればいいと勢いよくドアを開けたのにひょいと身体をひねって避けたやつに舌打ちした。
「やっぱ起きてんじゃねーの。さっさと開けろよグズ。」
「深夜3時に何べんも電話鳴らした挙げ句女の子の家に突撃訪問する輩にどう接しろと?」
「女の子ってどこにいんの?そんなまな板みたいなおっぱいしといて女の子と主張するわけ?」
「まな板じゃねえし。ちゃんとCあるし。つかどさくさに紛れて何触ってんだ変態!」
「うん、今だせいちょーの余地なし。はっ、ご愁傷さま〜。」
「腹立つわこいつマジで腹立つ。警察!警察呼んでやる!」
「はい。どうも僕がおまわりさんです。」
「ああそうだったこいつも警察だった世も末だなちくしょう!」
顔に両手を当ててぐおおと苦悩する私を放っといて
「つうかさっさと入れろよ近所迷惑になるだろ」と家主の許可なくずかずかと部屋に侵入していくこいつは本当にムカつく野郎だと思う。
「近所迷惑なことしてたのは倫太郎でしょうが!」
「最初の電話で入れればうるさくなんなかっただろ。」
「こんな夜更けに訪ねてくる時点でアウトだっつーの。」
「んな今更なことごちゃごちゃ言うなよ。いつも来てるだろ。マイホームマイホーム。」
「いつからあんたのマイホームになったんだよ。」
この失礼極まりないおかっぱポリ公は名を芥倫太郎と言い、不本意ながら幼なじみ……というより腐れ縁である。
それはもうどろっどろに溶かしたヘドロ並みの繋がりであるのに、
こうして未だに縁が切れないまったくもって不可思議な関係である。
「いやあ、もう参ったよね。もう残業続きでくったくた。
しかも上司がアホなもんだから下っぱは苦労するわ。ちゃんと、脳みそ詰まってんのかよって言いたい。」
「ふうん。警察も大変なんだね。よう分からんけど。」
「んな軽い言葉じゃないくらい忙しかったの。
あ、でも今日巡回中に見たJKがすげえ好みでさあ。
やわらかそうで巨乳で顔もかわいいし。思わずさっきヌいてきちゃったんだよね。」
「きもっ!そんな報告いらんから!つかちゃんと手洗ってんの?さっきペタペタ触ってきたじゃん。」
「もちろん洗ってるし。なんなら舐めてみる?」
「舐めるか気持ち悪い!」
こいつは救いようのないくらいに変態で性格もねじりにねじ曲がっていて
しかしそのくせ頭がキレるもんだからどうしようもないのである。
まあこうなってしまったのは倫太郎の家の環境とかいろいろあったんだろうけども。
ほれほれと目の前に突きだしてくる手を叩いて、とりあえず外から来たしもう一回手を洗うようにと洗面所に押し込んだ。
「あ、そうだ風呂沸かしてよ。」
ひょこっと洗面所から顔を覗かせて厚かましいことをぬかすこいつにいつものことながらイラッとした。
「あのねぇ芥君きみは遠慮という言葉を知らないの?バカなの?」
「よりはよっぽどいいっての。かたいこと言うなよ。ほらプリンあげるから。」
がさごそとテーブルに置いていたビニール袋を漁ってぽいと投げ渡してきた。
しっかりと私が好きな銘柄なのが憎らしい。
決して決してプリンに絆されたからだとかではない。
このまま放っておいてもどうしようもないから仕方なくだ。
「ちっ、わかったよ。きれいに使ってよね。」
「はいはい。」
何が悲しくて夜中に彼氏でもない男の為に風呂を洗い沸かさなければならないのか。
幾度となくそんなことが頭を過ったがこれまた倫太郎だからと自分に言い聞かせた。
さっきまで疲れただのとぶつくさ文句をたれていたのに
浴室からはふんふんと機嫌良さげな鼻歌がかすかに聞こえてくる。
やれやれとため息をついていつの間にか置いていっていた倫太郎の寝間着用のジャージを籠に置いてやった。
「あー、さっぱりした。」
「よかったねー…って、ちょ!服着ろ!全裸!」
「えー」
「えーじゃない。」
意外とお風呂大好きな倫太郎はゆっくりじっくり入ったあとようやく出てきたと思ったら
あろうことかタオルで頭を拭きながら全裸でやってきたので怒鳴りつければ本人はいたく不満そうだった。
なぜか渋々といった調子で洗面所に戻っていった。
思わずもれていたため息に幸せが逃げるなんて考えていたら、今度はきちんと寝間着を着た倫太郎がドライヤーを投げ寄越してきた。
ぼすんと力なくソファに着地したドライヤーを見、座る私の前にどっかりと座り込んだ倫太郎を見た。
「髪乾かしてー。」
「いや、なんでだよ。」
「人にやってもらうほうが楽で気持ちいーじゃん。」
「ようはめんどくさいだけでしょうが。」
はあ、と何度目か分からないため息を吐き出して仕方がないとコンセントに差し込んでドライヤーのスイッチを入れた。
ごうごうとやかましい音を立てて、温風が倫太郎の髪を吹き上げる。
昔から変わらないさらさらのおかっぱ頭は無駄にキューティクルがあってつやつやしてて、自分の傷んだ髪と比べて軽い嫉妬を覚えた。
「あー、なんか眠くなってきたわ。」
「そのまま寝ないでよ。つか人様叩き起こしといて先に寝るとかおこがましいからね。」
たらたらと会話しながら髪の毛を乾かすと元々短いからすぐに乾いた。
ほいできたとドライヤーを手渡せば半目で今にも寝落ちそうな顔で元の所に戻しに行った。
大丈夫かあいつと思いながらもそろそろ自分も眠気が限界なのでベットに戻ることにした。
いそいそと布団に潜り込めばほこほこと暖かかったのにすっかり冷えきってしまっている。また温もるまで時間かかるなあ。
ふっと息をついて早く暖まれと念じながら肩まで布団に潜った。
冷えた布団じゃあ寝つけないと思いつつも早速うつらうつらとし始めた頃。
ばさっと豪快に布団が持ち上がりするりと倫太郎が中に入ってきた。
「ちょっともっとそうっと入ってきなさいよ。せっかくの温もりが逃げる!」
「二人も入ってたらすぐに暖まるだろう。文句言うな。」
うるせーうるせーなんて言いながらもぞもぞと居ずまいを正す。
家には来客用の布団なんてものは金銭的にも場所的にも余裕がないので用意していない。
だから倫太郎が来る時はいつも一緒に寝る。
同じ所で寝るなんて如何にもな問題がありそうなもんだがそれはあくまで一般的な話であって私達には当てはまらない。
お互いを異性として見るなんて今更できないのである。
というか私も倫太郎もまあ無理だろうと考えている。
家族とも友達ともちょっと違うような、言葉に置き換えることが難しい。
曖昧だけれど細々とした糸で確かに切れずに繋がっている。そんな関係なのだ。
ふいに背中越しからにゅっと手が伸びてきてやんわりと抱き込まれる。
組んだ両手はお腹の辺りで落ち着いて、足と足がぶつかったと思えばすぐに離れた。
「相変わらず冷え性なのな。足冷たすぎるんだけど。」
「変な時間に起こしたから余計に冷えたんだ。ちょっと倫太郎暖めて。」
「やなこったー。」
ケチだな。なんてぶちぶち言いつつも背中の方からじわじわと暖かくなってきて、自然と瞼も落ちてくる。
おやすみ、倫太郎。
ぽつりと眠気にのみこまれる前に呟けば、打って変わってとても静かな声でおやすみ、と返してきた。
こつんと倫太郎の頭が肩の辺りに当たるのを感じながら私も目を閉じた。
きっと起きたら昼もとっくに過ぎていてまた倫太郎が騒がしくするのだろうけど
それもいつもの変わらない事でどうでもいいようなそんな日常が少し愛おしい。
おやすみなさい、また明日
真昼には満たない地下室の光源を
title by alkalism
14.12.14