私は人とは少し違うと気づいたのは物心がついた時だった。
生まれた時から右目の色が違っていた。左は黒。
お父さんとお母さんの目は黒と茶色。
だから両目とも黒か茶になるのが普通だけど私は何故か右目だけ赤い色をしていた。
その時両親とお医者さんは驚きはしたものの特に気には留めなかったという。
でも翌日になりその考えは一変した。赤色だった右目はオレンジ色になっていたからだ。
流石におかしいと思った両親はお医者さんに詳しく調べてもらったが、
ただ色が変わるだけであとは至って健康だと言ったのだ。
オレンジ色の瞳は次の日には黄色、また次の日は緑色…と毎日変化していき
最終的には七回色が変わり八日目にはまた赤色に戻っていた。
つまり私は一日毎に目が七色に変化する、という極めて珍しい体質だったことがわかったのだ。
お医者さんは私が好奇の目に晒されないようにと普段は右目に眼帯をつけて隠すようにと勧めた。
両親もそれは仕方ないと私の為だと納得して周りには触れずに元々目に病気があると言うようにしてくれた。
私もそれを理解する頃には両親と口を合わせて右目のことは決して誰にも話さず秘密にした。
それでも両親は変わらず私を愛してくれたし、私は自分の変わった目なんて気にならないくらい幸せだった。
*****
幸せだった毎日、続くはずだった平和な生活。
それを一気にあっという間に粉々に砕いてしまう出来事が起こってしまった。
盗賊の集団が村を襲ってきたのだ。
火を放たれ、女子供老人全く見境なく次々と殺されていき、
私も両親に引っ張られながら嘘みたいな光景を尻目に逃げ惑っていた。
盗賊の数が多くて私達もすぐに囲まれた。
目の前で私を庇うように立っていたお父さんの背中からズボッと剣が突き出てきた。
倒れ込むお父さんに吹き出た血が私の頬にぴちゃりと付いた。
嫌だ。
こわい。
やめて。
傍に立っていたお母さんも同じようにその体に剣を突き立てられる。
耳に張り付くような悲鳴があちこちで上がっていて、
頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたように何も考えられなくなる。
いつの間にか尻餅をついていた私の足のそばに折り重なるように倒れた両親の血がどろどろと流れてきた。
こわい、こわい、こわい、私も、死ぬの?
じゃり、と地面を擦る音がしてうつむいていた視界に盗賊の足が映る。
はっとして顔を上げれば盗賊はにやにやと下品な笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
持っていた剣を振り上げる。
ぎらりと真ん丸の満月の光りが剣に反射して瞬いた。
ああ、どうか神様
悪い夢ならはやくさめてよ
*****
ガタン、と一際大きな揺れで目を覚ました。
横になっていた体を起こすと、足に繋がれた鎖がじゃらりと鳴った。
あの日盗賊に殺されそうになった時に運がいいのか悪いのか、ちょうど日付が変わる時間になったのだ。
その時私は寝巻のまま、いつもつけている眼帯をしていなかったので盗賊に目の色が変わる瞬間を見られてしまった。
怪訝に思った盗賊が目のことを問いただしてきた。
私は言いたくなかったけど、あの時極限の状況では言うよりほかなかった。
一日毎に色が変わっていくことを話せば盗賊はニタリと下品な笑みを浮かべ「こいつは高く売れそうだ」と言った。
そのまま私は盗賊に捕らえられ、そいつらの船に連れ込まれた。
最後に目に映ったのは焼け落ち変わり果てた私の大好きな村の姿だった。
こうして私は誰かに売られるために船に乗せられ檻に入り鎖に繋がれてただその買われる時を待っている。
最初は両親を失った悲しみやこれから待ち受ける事への恐怖、
そして私の大好きな人や村を奪った盗賊への怒りで感情がぐちゃぐちゃに入り乱れていたのだが、
長い日々をこの味気ない狭い檻の中で過ごせばそれも少しだけ溶けるように平らになっていた。
このまま誰かに買われるくらいならいっそ死んだほうがマシではないかと思い、
食事の時に出されるナイフで首でも切ってやろうと両手に構えてみた。
でもいざ死のうと実行しようとしてもできなかった。
首筋にあてがうだけでみっともなく両手が震えた。
その時脳裏にちらついたのはお父さんやお母さんが剣に貫かれ、切り裂かれ血に塗れて死んだあの姿だった。
私は死ぬ勇気もなく、ただただ生きながらえるだけであったのだ。
体をほぐすように伸びをしていたら、妙に外が騒がしいのに気がついた。
お酒を飲んで騒がしくしているのはいつものことなのだが、今日のそれはちょっと違う気がする。
じっと耳を澄ませてみる。
カチャン、と何かがぶつかり合う音、それに発砲音?
続けて鋭い悲鳴が上がってびくりと肩が跳ねた。
これは、もしかしてこの船が襲われてる?
どういうことかと考えるているうちにコツコツと床を鳴らす音が聞こえてきた。
人の足音。しかもいつもの盗賊の足音じゃない。
毎日毎日嫌という程耳に入ってきたから盗賊かどうかなんてすぐに分かる。
それにこんな静かな足音を立てる人なんてこの船にはいない。
靴が床を叩く音が近づくにつれ体が自然と強張った。
その場にじっと縮こまって耳だけに全神経が集中していた。
コツコツコツ。
ぴたりとちょうど私のいる部屋の前で足音が止んだ。
きた。
ぎい、と錆びかけた蝶番が音を立てて扉が開く。
風圧で壁にかけてあるランプの火がゆらりと揺れた。
扉の向こうから入ってきたのは知らない若い男の人だった。
やわらかそうな帽子を被り、隈のできた目はとても一般人が持ってないような鋭さを秘めていた。
手にはすごく長い刀。
これだけで充分なくらい理解できた気がした。
きっとこの人と仲間達が盗賊の船を襲撃したのだと。
男の人はぐるりと部屋を見渡して、私の入る檻に目を留めた。
私もしっかりと目を合わしてしまいなんとなく逸らせずにじっと男の人を見つめる。
そのまま私の元へ近づくと、檻に架かる錠を持っていた長い刀でいとも簡単に壊してしまった。
ガシャンと音を立てて床に落ちた錠を目で追っている間に男の人は檻の中に入ってきた。
私に近づく度に後ずさるけど広さなんて知れている。
あっという間に追い詰められてしまった。
目の前に立つ男の人に座り込んだままの私。
見上げて男の人を窺うけどあんまり表情が読み取れない。
「お前、どうしてこんな所にいる。」
突然投げ掛けられた質問に目を瞬かせた。
殺されるかもしれないと身構えていたため普通に話し掛けられ余計に驚いてしまった。
「わ、私の村が盗賊に襲われて攫われたの…。それで、どこかに売られるって……。」
「…売られる?お前が?」
男の人が眉をひそめた。
男の人が疑問に思っていることがなんとなく分かる。
なんで私みたいなどこにでもいるような子供が売るような価値があるのかと思ったのだろう。
しかも檻に入れ、鎖で繋いでまで。
勿論それは私が特殊な体質だからだけどそれを簡単に教えたくない。
もし教えたらこの人も私を売り飛ばすかもしれない。
だけどだからといってこれから私が助かるかどうかも分からない。
男の人から目を離さずに考えていると、私を見ていた男の人の表情がぱっと驚いた顔へと変化した。
何事かと私も不思議に思ったが視線が右目に注がれているのに気づきはっとした。
時間帯は多分夜中で、眼帯はあの襲われた日から付けていない。
慌てて右目を手で覆い隠そうとするが男の人がさっと私の前に膝を立てしゃがみ込むと両手を掴まれて隠せなくした。
あまりにもじいっと真剣に覗き込まれるため目を閉じることもできずに男の人を見返す。
時間にして数分のことであったがすごく長く感じた。
「緑から青に変わった…?」
変わり終えたのか男の人が不思議そうに呟いた。
そのまま無言で私に説明しろと威圧的な視線を投げかけてきた。
それにびくびくしながらもなんとか説明した。
「生まれた時からか。」
こくりと頷いてみせれば男は「へえ」と口角を上げ笑った。
それがあまりよくない類の笑いだったので背筋がつうっと冷たくなる。
「きれいだな。」
ふいに男がもらした言葉に驚いた。
両親以外から目を褒められたのは久しぶりのことだった。
盗賊達からは私の目は商品としての価値しか見ていなかったから。
大切な親からもらった唯一無二の目を褒められたのは素直に嬉しかった。
けど、続いて出てきた言葉に私はざっと顔を青ざめることになるのだが。
「お前、おれの船に乗れ。」
*****
ゆらゆらざあざあと揺らめく海面をじっと眺めていたら自分のことを呼ぶ明るい声が聞こえて顔を上げた。
「ベポ。どうしたの?」
「特に用はないんだけど。は何してるの?」
「私も何も。ただ海を見てたの。」
「なんか面白いものでも見えるのかと思った。」
「そんなんじゃないんだけど。でも海を見るのは好きだから。」
ベポはそっか、と言ってから私の方を見て今日のの目と同じ色だね、と笑った。
そうだね、とつられて私も笑う。
あの日、私はトラファルガー・ロー率いるハート海賊団のクルーに無理矢理なった。
いや、ならざるを得ない状況であったのだ。
私を拘束していた盗賊達は全滅していたし、あのままあそこに放置されなかっただけでも感謝しなくてはいけない。
最初は海賊ということであいつらと同じくどんな野蛮な人達だろうと警戒していたが、みんな思っていたより気さくで親しみやすかった。
何よりしゃべる白クマのベポという存在が打ち解けるきっかけになった。
おおきな体とやさしい心を持ったベポは私の警戒の糸をするりと解き、他のクルーとの距離を縮める手助けをしてくれた。
ベポにもとても感謝している。
特異な体質であったためにキャプテンであるローに気に入られ、
私は今こうして安全…とはいかないがあの時に比べれば断然穏やかな毎日を送れている。
でも時々感じることがあった。
私はこのままずっとこの船にいられるのだろうか―。
ざぷざぷと船に当たって水しぶきを立てる様子を眺めているとふいにひんやりとした空気が肌をなぞった。
「冬島が近いんだろうね。気温が低くなってきた。」
「そうなんだ。どうりで寒くなってきたと思ったんだ。」
「おれは寒いくらいが丁度いいよ。」
「ベポは白クマだもんね。」
ベポに寄り添って暖を取りながら相変わらず海を眺める。
ずっと海は果てなく続いていて、周りには私達の船しか浮かんでいないようだった。
ひゅうひゅうと冷たい海風が容赦なく体に吹き付けて、
そろそろ防寒具がいるかもと腕を摩っていたらばさりと頭から何か被せられた。
「もう冬島に近い。そんな薄着でいるな。」
「キャプテン。」
くるりと振り返ればキャプテンが立っていた。
どうやらわざわざ私のコートを持ってきてくれたらしい。
頭に被さっていたコートに袖を通しながら「ありがとう」とお礼を言えば
「めんどくせぇから風邪引くなよ」と踵を返して船内に戻っていった。
「キャプテンやさしいね。」
「うん。」
ベポは嬉しそうに笑って言う。
キャプテンは確かにひどい所もあるけど私を気づかってくれたりしてやさしい。
でも、それは私が―。
ふつふつと沸き上がる考えを掃いたくて頭を振った。
ベポが不思議そうにしてたから「なんでもない」と言っておく。
海から視線を外して空を見上げれば白い雪が降り出してきた。
はらはらと落ちてくる雪を座ったベポの足の間に座りただじっと見つめた。
もたれたベポの体はとても暖かくて少しだけ石鹸の香りがした。
*****
私がこの船にやってきてから欠かさず行われていることがある。
それは私の目の色が変わる瞬間をキャプテンが鑑賞するということだ。
日付が変わる少し前にキャプテンの部屋へ行き、その時が来たらキャプテンは私の目をじいっと眺める。
両手で私の顔を持って色が変わる様子を食い入るように見ている。
最初は人にこんなまじまじと見られることに気まずさを感じていたのだけれど慣れればこれも普通になってきた。
あと、12時まで起きてるのが初めは大変で眠くて何回か寝そうになったけどこれも起きる時間を少し遅くしたりしたら慣れた。
慣れるってすごい。
キャプテンは毎日毎日私の目を見るけど、よく飽きないなと思う。
なんでもその色が変わる瞬間がキャプテンは好きらしい。
「次の色に変化するとき一瞬地の色である黒になる。
それからまた混ざり合うように溶け合って色ができる。それを見るのがいいんだ。」
確かそんなことを言っていた。
私も自分で変わる時を見たことがあるけどキャプテンの言う良さが分からなかった。
「キャプテン。」
「何だ。」
今日もキャプテンは私の目を見ている。
ぐるりと色が混ざって青色から藍色に変わっていく。
感覚はないから分からないけどキャプテンが見ている景色にはそう映っているのだろう。
私はベッドに腰掛けて、キャプテンは傍に屈んでその様子を見ていた。
終わったらしく姿勢を元に戻した所で呼びかけた。
「キャプテンは私の目がもう変わらなくなったらどうするの?」
ずっと疑問に思っていたことだった。
私は珍しい目を持っているからこの船にいる。
だったらもし、ある日突然目の色が変わらなくなったら?
「なんだ。そんな予定があるのか。」
「わからない。でももしかしたらそうなるかもしれない。」
未来は誰にもわからない。
だからこそ私は時々不安になる。
自分の価値は目が全てだ。だったらこの目を失ったらどうなる。
それはすなわち私はただの子供になるということ。
「キャプテンは私の目がめずらしいからここにおいてるんでしょう?
もし何かの形でそれを失くしたら私はただの子供だよ。力も無い、ただの船のお荷物になってしまう。」
「……」
「私は怖い。また一人になるのが。すごく怖い。」
キャプテンはじっと私の話を聞いていた。
そして私の隣に静かに座る。キャプテンの顔は見れなかった。
「お前はそんなくだらないことを考えてたのか。」
「え…?」
「ずっと、この船のクルーになった時からか。」
思いがけない言葉に顔を上げ、隣に座るキャプテンを見た。
射るような鋭い瞳が私をつらぬく。
その目に少しだけ緊張しつつも頷いて見せれば、はあ、とため息をつかれた。
「おれは例えの右目が左目と同じ黒だけになったとしても
価値がないとかそんなこと思ったりはしねぇよ。勝手に置いて行ったりもしない。」
「…本当?」
「お前はこの船に乗った時から大事なクルーだ。
そんな仕様もない考えは今すぐ捨てろ。」
そこで一呼吸置いてキャプテンが私をしっかり強く見た。
さっきまでの緊張感はなかった。
いつもキャプテンが私の目を見るように私もキャプテンに惹きつけられた。
「おれ達を信じろ。」
そうだ。
私はまだこの船の仲間になりきれてなかった。
いつかまたどこか知らない場所に放り出されるんじゃないかと
心の中では怯えながらみんなと接していたんだ。
嫌われないように。また一人にされないように。
あの地獄みたいな光景にならないように。
みんなは私を信じて、仲間だと思って接してくれていたというのに。
特別な体質とかそんな価値とかで一度も見てきたことはないのに。
目にぶわりと膜が張って視界が滲む。
キャプテンの顔が歪んで見えて服の袖でぐっと拭った。
答えるために力強く頷けばまたぼろぼろと涙が零れた。
キャプテンは目尻に触れて涙をはらうとふっと笑う。
「きれいだな。」
色彩が見た世界
13.6.15