このコンビニで働き始めてもう一年くらい経つ。
ここ神室町にあるコンビニは立地が立地なだけに実に様々なお客様がいらっしゃる。
神室町というこの場所はキャバクラやホストクラブ、その他諸々のいかがわしいお店や一般的な飲食店にドンキなんかのチェーン店。
ゲームセンターにバッティングセンター等レジャー施設もある。
この町はきらびやかでありドロドロごたごたとしたなんともいろんな物が混ざり合ったなかなかにカオスな所である。
そんな場所だからやっかいなお客様がいるのが常で。
酔っ払いもいれば変な難癖をつけてくる奴もいる。


「おい、聞いてんのかテメェ!」


ただ今私はその面倒なお客様につかまってしまっているのであった。






*****






それはほんの数十分前。
どこに行ったら売ってるの?と言いたくなる濃い緑色のスーツにこれまた派手な模様のシャツ。
極めつけに金のネックレスを施した如何にも柄が悪そうな男の人が来店してきた。(もしかしたらヤのつく人かも)
その人はお茶とおでんを何個か買って、その時は何事もなく帰って行った。
だけど、暫くしてまたあの男の人が何やら血相を変えて戻ってきた。
レジに立つ私の前までずんずんと大股で歩み寄ると、ぐっと身を乗り出して睨みつけてきた。


「おう、ここのコンビニは虫入りのおでんを客に食わすのか?」

「虫?」

「そうだよ!見ろよこれ!こんなデケェ蝿が入ってたんだ!!」


ずいっとレジ上に置かれたおでんの容器を見れば、
食べかけのおでん達に混じってぷかぷかと大きめの蝿の死骸がつゆに浮かんでいた。うげ。


「これは大変申し訳ありませんでした。お代金はすべて返金致しますので。」


腰を折って謝りつつ内心はこれ絶対やかられてるな、と思っていた。
だっておでんの煮る機械には透明の蓋が付いてるし、そういう異物が紛れないよう細心の注意を払っている。
でももしかしたら本当に虫が入ってしまっていたら申し訳ないし…。
見た目で人を判断してはいけないと自分を諌めつつ誠心誠意謝った。
しかし次の瞬間バンッと大きな音を立ててレジの上を叩かれた。
顔を上げれば怒った表情のお客様。何かマズイ対応でもしただろうか。


「ふざけんな!こっちは虫入り食って気分悪いんだよ!
 腹も痛くなってきたしよぉ。もっと誠意ってもんを見せてもらいてぇんだよ。」

「…と申しますと。」


何だかこの流れは非常に嫌な予感がする。


「ただ代金返してもらうだけじゃ治まりがつかねぇ。10万、払ってもらおうか。」

「は?」


思わずぽかりと口を開けてしまうのも間の抜けた声が出てしまうのも仕方ない。
あまりにも無茶苦茶な要求だ。10万て、私の何日働いた分の給料だよ。
見た目で判断しちゃいけないと言ってたけど前言撤回。めちゃくちゃたかる気満々でした。


「申し訳ありませんが代金以上の金額をお支払いすることはできません。」

「できませんで済むと思ってんのかよ!いいから金払え!」

「ですから私がそのような勝手な事はできませんし。」

「だったらテメェが責任取って払え。それなら問題ねぇよな。」


なんだと。
いやいや問題大有りだから。
そんな事がまかり通ると思っているのだろうか。

少し息をはいて真っすぐ男を見つめる。
大丈夫、きっと大丈夫なはずだ。


「払えないものは払えないです。代金は返しますからお引き取り下さい。」

「んだとこのっ!人が大人しくしときゃいい気になりやがって!!」


ガンッと拳を叩きつけて怖い顔で睨みつけてきた。
どこが大人しくしているのかと問い詰めたい。
しかし私もここで引き下がる訳にはいかない。
あいにく今日この時間は私一人だし、バイトもようやく様になってきて
店長にはさんならもう安心してまかせられるよ、と言って頂いたばかりなのだ。
こんな迷惑千万な奴に、しかもちょっと顔が怖くてヤクザ風味だからって屈する訳にはいかない。
そんなんじゃ神室町でやってけない。ここはなんとしてでもお帰り頂かなければ。
負けじとグッと目に力を入れて睨み返せば、私の態度が気に入らないのか更に苛立った表情になった。
男が徐に左腕を伸ばしてきた。

まさか、殴られるのか!

目を逸らさず身構えていたら男の手は私に届くことなく第三者によって遮られていた。
誰かが男の手首を掴んでいたのだ。
男を掴む黒い革の手袋を目に留め、更に腕、身体、顔と順番に映していく。


「アンタ、それはちょっとやりすぎちゃうかー?」


私との間に入って仲裁してくれた男の人は目の前のチンピラが霞む程インパクトのある出で立ちをしていた。
顔には眼帯を付け、派手な蛇革のジャケットを直接素肌に羽織っている。
その肩からはちらりと刺青が覗いていた。

突然の乱入者に私もチンピラも目を白黒させて固まってしまった。(格好がアレなだけに)
そんな事は意も介さず厳つい男の人はチンピラの手をぐいっと捻り上げる。


「こんなか弱い女の子に手ぇも口も上げるなんてアカンで。」

「ってぇな!何なんだよテメェには関係ねぇだろ!」

「関係なくはないなぁ。アンタがおったらワシの会計できんし。
 それにやなぁ…アンタどっかで見たことあるような気するんよな〜。」


じろじろと片目で観察するように見られ、チンピラはすっかり相手のペースに呑まれている。
私もまるで他人事のように成り行きを見守る。


「あ、せやせや。思い出した。アンタ最近あちこち飲食店回って難癖つけよる輩やろ?
 適当に無理ある理由つけては金せびっとるらしいなぁ。狡いやっちゃな〜。」


にやにやと男の人が笑いながら言ったことに私は驚いてチンピラの顔を見た。
ぎくりと実にわかりやすい表情で固まっていた。
ということはそういった詐欺紛いの事を色んなお店でしてる奴ってことか。


「て、テメェ、デタラメな事言ってんじゃねぇぞ!俺は本当に虫が入って…」

「あーあー、別に入ってたか入ってなかったかはええねん。ただな…」


ふ、とさっきまで浮かべていた笑みを消して男の人が素早く相手の胸倉を掴んだ。
そしてチンピラの耳に何かを呟いた途端、そいつは真っ白な顔になり男の人を押し退けると慌てて逃げるように外へ飛び出していった。
唖然と一連のやり取りを見ていたのだがようやく眼帯の男の人が私を助けてくれたと気づき慌てて礼を述べたのだった。


「あ、ありがとうございます。助かりました。」

「ええってええって。お嬢ちゃんも大変やなぁ。」


ひらひらと手を振って何でもないようにしているこの人からは先程の圧迫感のあるオーラが無くなっていた。
これ、頼むわ。と差し出してきたコーヒーの缶を受け取り、レジを打つ。
120円です、と言おうとして止まる。
財布を出そうとする男の人を制止して、そのままコーヒーを手渡した。
不思議そうにコーヒーと私を交互に見遣る男の人に笑って言う。


「ちょっとしたお礼です。」

「そんなんええのに。…ま、ありがとうな。」


コーヒーを受け取ると、私の頭をぽんぽんと撫でた。
驚いて男の人を見ると楽しそうに笑っていた。


「お嬢ちゃんあの毅然とした態度好きやで。
 でも女の子なんやからあんまり無茶したらあかんでー。」


ほな、お仕事がんばってな。

そう言い残して去っていく背中にもう一度ありがとうございました、と礼を言えばひらひらと片手を振って店から出て行った。
あの風体に余裕のあるオーラ。多分そういう関係の人なんだろうけど、わざわざ見ず知らずのコンビニ店員を助けてくれるなんて。
人は見かけによらないとはよく言ったものだと何だかこそばゆい気持ちになった。









ある神室町コンビニにて。







25.4.20