静かで涼しい風が心地好い夜。
そんないい夜分をあっさりぶち壊すお客様は唐突にやって来るのだ。




お風呂から上がってさっぱりとした気持ちで洗面所から出てくると妙な気配がした。
ぱっと窓の方を見れば網戸にしていた筈の窓は完全に開け放たれ、窓枠にちょこりと腰掛けてる人物がいた。


「こんばんわぁ。来たですよー。」


ニコニコと笑いながら手を振る男、鈴屋什造に私は何からつっこもうかと思わず顔を手のひらで覆った。


「こんばんは什造さん。とりあえず靴を脱いで下さい。話はそれからです。」


えー?なんてきょとりと小首を傾げているが、ここは室内であり外国みたいに靴のまま部屋に上がらない
なんて当たり前のことであっても彼はお構い無しである。というかそれより―


「普通に玄関から入ってきて下さいよ!」

「だってそんなのつまらないじゃないですか。」


玄関から入る事に面白さなんて求める方がおかしくないか。
それにここはマンションの5階である。もはやどうやってここへ来たのか聞かない。
まともな答えなんぞ什造さんに期待する方が間違いなんだ。
彼がひょいひょいと脱ぎ捨てた靴を拾い上げて玄関に置きに向かった。
背中からおじゃましまーす、と間延びした声がかかって変な所は律儀なのだと思った。






*****






私が鈴屋什造と出会ったのは本当にたまたまで奇跡に近い出来事だった。
バイトで帰りが遅くなり、夜道をせかせかと歩いていた時だ。
突然1人の男に襲いかかられたのだ。最悪な事にその人は喰種だったのだ。
ニュースでしか見たことのないそれに私は逃げることも出来ずにただ震え固まっていた。腰を抜かしてしまったのだ。
男の背中から伸びる爪のような鋭い凶器に今からアレに突き刺されてしまうのかと恐怖した。

男がいざ飛びかからんとした時に助けてくれたのが什造さんだった。
いとも簡単に男をぶっ飛ばしてくれ私はまさに救世主に出会ったのかのような感動を覚えていたのだがそこからが如何せんよろしくなかった。
あろうことか男を、喰種をナイフでめった刺しにして解体し始めたのだ。

ここで一つ言っておきたいのだが、私は血とかグロいものが大層苦手だ。
痛い話を聞くだけでも無駄に豊かな想像力が勝手に掻き立てられてしまうのでアウトなくらい。
昔小さかった時に母が包丁で盛大に手をざっくり切ってしまったのを目撃してからというもの駄目になった。
ぱっくり切れてボタボタと手から血が滴っている様はトラウマにさせるには幼かった私には充分すぎるくらいだった。
それなのに目の前で繰り広げられているこれは何なのか。
喰種から助けられたと思えば、今度は人によるスプラッタな光景だなんて。
可愛らしい顔をした子なのにどこか楽しげに喰種を切り刻む様子に私はトラウマにトラウマを塗り重ねたのであった。


それから私はいつの間にか意識を失っていたらしく、気がついたら病院のベッドて寝かされていた。
そこで私は篠原と名乗った喰種捜査官に事件の事情聴取と彼に引き摺られるように連れられたトラウマ製造機鈴屋什造に謝罪されたのであった。

私としてはもうそこでおしまいにしてこの凄惨な出来事を一刻も早く封印してしまいたかったのだけど、
何故か街中でばったり什造さんと再会してあれよあれよという間に現在のような仲になってしまったのである。
果たして彼がどう思ってるのか知らないがまあ友人、のような関係ではないだろうか。断言できないけど。


「靴置いてきたですよ。」

「はい。じゃあ次は手を洗ってきてください。またお菓子ここで食べるんでしょう?」

「まったくは細かいですねぇ。」

「別に普通ですよ。」


はいはいとめんどくさそうに洗面所に向かう什造さんを見送ってから、
戸棚からコップと適当に飲み物をお盆に乗せてリビングに運んだ。


「今日はとってもイイものを持ってきたんです!」


手を洗ってやたらと上機嫌な什造さんは持ってきていたビニール袋を私の目の前に掲げた。
お菓子とは別の某有名なレンタル店の名前がプリントされた袋。…嫌な予感しかしない。


「今日はとこれを見たくて来たですよ。」


語尾にハートか付いてそうな言い方で中から数枚のDVDを取り出す。
レンタルしてきたらしいそのDVDのディスクを見てざっと血の気が引いていく。


「什造さん。これはもしや血とかグロいのとか満載な映画では……?」

「ぴんぽーん!全部スプラッタなやつですよ!」

「やっぱりかよ!私そういうの苦手だって知ってますよね!?」

「もちろん!だから見るんじゃないですか!」

「このやろおおお!」


にっこりと楽しげに笑う彼に頭と胃が痛くなりそうだ。
什造さんは私が苦手なのを知っていてこういう嫌がらせをするのが大好きだ。
何でも私の反応を見るのが何よりも楽しみらしい。

この前も什造さんが身体中に施している模様について聞くと見せてあげると実践してくれたのだがそれがいけなかった。
なんと針で自分のひ、皮膚を糸で縫い付け始めたのだ。
なんでもボディステッチと言うらしいがその見ただけで痛々しい行為に卒倒しかけた。
挙げ句の果てには私にもやってあげるとにじりよってきたのだから全力で拒否した。

そして今もまた。
こうして私に嫌がらせを行おうとうきうきとDVDをプレイヤーに突っ込んでいる彼に勘弁してくれと叫びたかった。
言った所でやめてくれないので諦めてしまう自分を大馬鹿野郎と胸の内で罵った。
後からたっぷり嫌というほど後悔するのは分かっているのに。





*****







「ひどい…ひどすぎるよ什造さん……」


案の定めちゃくちゃ後悔した。
先の言葉は見終わった後何とか絞り出せた私の悲痛で静かな叫びである。
あの後三本もスプラッタ映画を見せられてほんともう私のHPはゼロになってしまった。
しかも今回のきっついグロシーンが多くてヤバかった。
さすが什造さんと言うべきか人が嫌がることにかけたらピカイチである。
おまけにいつもの通り見終わった後泊まったあげく朝食をたかり今は彼の職場へ送るべくスクーターを走らせてる次第だ。
私はお前の恋人か何かか。とは口が裂けても言えないチキンな自分マジでどうしようもないな!


はいい加減慣れたらどうですかー?」

「何にですかグロにですかそれとも什造さんの行動にですか!」


後ろで呑気に掴まってる什造さんにスクーターの音に負けないよう声を張り上げるが、
当の本人はふふーとにやにやされるだけで答えを得られなかった。まったく。一体なんなんだ。

当たり前のように一泊送迎付なんだから困る。
なんやかんやそれを甘んじて受け入れてる自分もどうかと思うけども。
黙って走らせていると突然什造さんがぎゅっとお腹にまわしていた腕に力を入れてきた。
自然と密着する形になり少しだけどきりと胸が疼く。


「―離れないで下さいね。」

「え?」


ぽそりと消え入りそうな声で呟いた声。
かすかに耳に届いた什造さんらしからぬ言葉に思わず後ろを振り返りそうになる。
顔を見ようとした寸前またぐっと腕の力が強くなる。
ぐえ、とうめき声が出てすぐに前方へと向き直った。


「ほらほらちゃんと前向いて運転しないと危ないですよー。」

「ちょっとそうなら横腹くすぐらないで!ちょ、マジで危ないからあああ!!」



からからと楽しそうな声が頭に響いた。














好きのかたち。













14.5.10