何がいけなかったんだろう。
朝眠すぎて学校サボりたいな、と半ば本気で考えていたのがいけなかったのか。
はたまたお母さんが朝食に出してくれたミニサラダのプチトマトを残してそのままにしたのがいけなかったのか。
更にはマンションの駐輪場の自転車をドミノ倒しにしてしまったのを時間がないからと起こさずに放置したのがいけなかったのか。
考えだしたらキリがないけれどそういう小さな悪い事が積み重なって
しっぺ返しがきたというならば、これはあんまりだと思うのは私の甘えではないはずだ。きっと。
*****
あくびをして目尻に溜まった涙を追い出そうと瞬きをしたら知らない場所に立っていた。
言葉を失い、目をごしごしと擦ってみるも景色は変わらない。
目の前にはどこまでも果てしない荒れ果てた地面が広がっていた。
赤茶色の乾いた大地に大きな岩があちらこちらに点在している。
時折何の植物かわからないがポツポツと主張するかのように生えていた。
試しにぎゅうっと頬をつねり上げてみるが、なんて事はない。
普通にめちゃくちゃ痛かった。
ただ私は普通に登校していただけなのに、目をほんの僅か閉じただけでこんな知らない所へ瞬間移動するなんて。
UFOにでもキャトられたのかとも考えてみたがあまりにもアホらしくて止めた。
でもそれくらい突拍子もない事じゃないとこの状況は説明できない。
考えても考えても理解できない現状にだんだん頭が痛くなってきた。
立ち止まっててもどうしようもないかと思い、足を無理矢理動かした。
カラカラに乾燥した空気が眼球に容赦なく吹き付けて自然に涙の膜が張った。
*****
ひゅう、ひゅう
か細い自分のものとは思えない途切れ途切れの呼吸を繰り返す。
大分落ち着きはしたが、まだあの時の衝撃が脳裏にこびりついて離れない。
あてもなくさ迷い歩く私の目に飛び込んできたのはテレビや漫画の世界でしか見たことないような化け物だった。
食虫植物を巨大化したかのようなソレは長い手足(触手、と言うんだろうか)を動かして私を見つけるなり追いかけてきた。
食べられる…!
瞬間的に判断して無我夢中で走り出した。
走って走って、どれだけ経ったか分からない。
でもいつの間にかソレはいなくなっていて、私は目一杯体を縮こまらせて岩の陰に隠れていた。
あんな化け物が存在しているなんてますますここはどこなんだ。
そしてあまり考えたくないけれどもしかしたらここは私のいた世界とは違うのかもしれない。
これが普段の状況ならそんな馬鹿なと笑い話になったんだろうけど、
走りまくって疲労を溜めた足は重いしおまけに逃げる最中に捻ったもんだからズキズキと痛む。
たったそれだけのことでもこのあり得ない現状が現実だと語っていた。どうしようもないほどに。
理解したくない受け入れたくない事実をすっかり頭に浸透させた瞬間、情けないが体は震えだし目からは止めどなく涙が溢れだした。
本当にどうしてこんなことになったんだろう。
もうプチトマトは残さないし自転車だって倒してしまったらちゃんと起こすから、
だから、お願いだからこんな悪い冗談は止めてよ……。
*****
どれくらい時間が経っただろう。
抱え込んだ膝に顔を埋めているから夜になったのかどうかも分からない。
顔を上げて確かめることさえ億劫であった。
ぐうぐうと空気を読まないお腹は空腹を訴えていたが、勿論食べる物なんか持ち合わせていない。
その時ふいに毎日ご飯を用意するお母さんの顔が浮かんで、乾いたと思っていた目からじわじわと涙が溢れてきた。
もうあらゆる水分は出尽くしてたと思っていたのにまだ泣くくらいの水分は残っているらしい 。
そうしてまたぐずぐずと泣いていたらざりっと目の前に誰かが立つ気配がした。
どろどろ溶けて腐っていた思考が一気に取り去られて、体が一瞬にして冷えきった。
またあの化け物が来たのか…?
もう私には逃げる気力も体力も残っていない。
震え出す体をぎゅうっと両腕できつく抱き締める。
もう、終わりだ……!
「どうした?こんな所に一人でおるなんて。」
上から降ってきたのは予想外にも人の声だった。
慌てて頭を上げればそこには男の人が立っていた。
ふわふわした頭に赤いコート。
丸いサングラスで目は見えなかったけど緩んだ口元は笑っていた。
「ほれ、何があったがじゃろうか。言うてみいや。」
何年も人と話してなかったかのように感じられて、しかも久しぶりに話した人が優しく声をかけてきてくれた。
それだけでまた私の涙腺は決壊してしまった。
*****
男の人の名前は坂本辰馬というらしい。
私は坂本さんに今までの出来事を正直に全て話した。
たどたどしい私の話を坂本さんは時に励ましてくれながら真剣に聞いてくれた。
全て話し終えた所で今度は坂本さんが話し始めた。
ここは地球とは違う別の星だということ。
自分は商売をするためにここへ来ていたということ。
そんな話聞いて私の疑問がふつふつと沸いてきた。
それを見越して坂本さんは改めて私に問うてきた。
「おまさんは一体どっから来たんじゃ。」
ごくり、と息を飲み込んだ。
話し合った結果、端的に言ってしまえば私は別の世界からこちらへやって来てしまったのだ。
坂本さんから聞かされたこの世界の話はあまりにも現実離れしていてとても信じられない話だけどこれが現実。
私はおおよそ信じがたい事象に巻き込まれたらしい。
「さて、これからの事じゃが……」
びくりと体が震える。
そうだ、私これからどうしたらいいんだ。
住む所もお金もないし、ましてやここは地球でもない。
先の見えない明日からの事に思考がまとまらない。
どうしよう、どうしようとそればかりが頭の中を埋め尽くす。
考えていたらばしんと肩を叩かれて驚いて坂本さんを見上げた。
「よし、わしの船に乗るぜよ。」
「え?」
「行く宛がないんじゃろ?ならわしの船で働けばええ。」
「でも、そんな坂本さんに迷惑が……。」
「迷惑なんて思っちょらん。子どもはなーんも気にせんとわしに任せとったらええんじゃ!」
ドンと胸を張る坂本さんにまた泣きそうになる。
あまりにも自分に都合が良すぎていいのだろうか。
この人は優しすぎる。痛いくらいに。
やっぱり堪えきれずこぼれ落ちた涙を乱暴に手で拭って頭を下げた。
「よろしく…お願いします……!」
*****
「、ええ加減泣き止んだらどうじゃ。
そんなに泣いちょったらからからに乾いてしまうぜよ。」
荒れ果てた荒野の地。
私は坂本さんにおぶわれて船を止めてあると言う場所に向かっていた。
私の足の具合を看て歩くのは無理だと判断して背負って連れていってくれることになった。
こうして連れていってくれてる間も涙が止まらなかった。
安心したという事ともうきっと元の世界には戻れないと実感が沸いてきたからということもあった。
私はいつからこんなに泣き虫になったんだろう。
「ご、ごめんなさい。何だか今でも混乱していて。」
「まあ、仕方ないぜよ。の悲しみはわしには共感するん事はできんきに。
泣けばええが、でもあんま泣いとると目が真っ赤っかに腫れ上がるぜよ。」
「はい。でも止まらないんです。」
「んー、そうじゃ、。空見上げてみい。」
坂本さんに促されて空を見上げる。
「うわ……」
そこには濃紺の空に一面の星が瞬いていた。
都会では見たことのない無数に輝く星にこの時だけはごちゃごちゃしたどうしようもない話は忘れてただただ見とれていた。
「どうじゃ綺麗じゃろ?」
「はい。こんな綺麗な星空は生まれて初めて見ました。」
「。」
突然名前を呼ばれて見上げていた首を戻して坂本さんの後頭部を見つめる。
少し間を開けて坂本さんの静かな声が空気を震わせる。
「何も心配せんでええがじゃ。大体のことは何とかなるもんじゃ。
もこっちに来れたんだからまた戻ることだってできるはずせよ。
その時が来るまでわしに全部任せとけばいいきに。」
「坂本さん……」
この世界に来た事が私には悲劇だとしても、坂本さんのような人に出会えた事は奇跡でとても喜ばしいことだ。
ぼたりとまた涙の粒が頬を滑り落ちた。
「困りました坂本さん。」
「なんじゃ?」
「ますます涙が止まらなくなりました。」
「はまっこと泣き虫ぜよ。」
からからと笑う坂本さんに私もつられて笑っていた。
あの日からさよなら
13.9.15