※「あの日からさよなら」の続き
時間は止まってはくれない。
どんな日々を送ろうが正確にぐるりと時計は回って明日を連れてくる。
「うおぼろろろろ」
「あーあー大丈夫ですか。しっかりしてください。」
自室のトイレに顔を突っ込んでげろげろ吐いている坂本さんの背中を優しく擦る。
よくそんなに出るなっていうくらいこの人は毎回物凄く吐く。
私が坂本さんにお世話になってから暫く経った。
最初この船に連れていかれた時は坂本さんの片腕である陸奥さんにとても驚かれた。
そして坂本さんにいきなり発砲した。間髪入れず即である。
なんでもついに未成年にまで手を出したのかと勘違いしたらしい。
それにしても理由も聞かずに発砲するなんてなかなかの事である。
初っ端から衝撃的すぎて白目剥きそうになった。怖すぎる。
しかしどんだけ信用無いんだと思っていたがなるほど今一緒に生活してみてよく分かった。
坂本さんは女性関係にわりかしオープンだ。
まあ私が口出しすることじゃあないし、お母さんがよく男は皆スケベの化身だって言ってたし。
お父さんもよくお母さんに土下座していた。
敢えて何で謝っていたかは聞いてないが。
「坂本さんまた酔い止め飲んで無かったんですか? 」
「うっかり忘れてしもうたんじゃ。おまけに二日酔いのダブルパンチぜよ。」
「酔いやすいんですから残る程飲んじゃいけませんとあれ程言いましたのに!」
「男はなぁ、飲まんといけん時があるきに。」
「はいはい。さ、酔い止め飲んで下さいね。」
坂本さんにお水と酔ってからも効く酔い止め薬を手渡す。
すまんのー、と言いながら受け取ってしっかり飲むのを見届けてから今度はタオルを渡した。
私がこうして坂本さんの介抱をしているのは訳がある。
坂本さんは船か好きなのにとても酔いやすい質であった。
最初この壮絶に吐きまくる光景を見て焦っていたら陸奥さんを初め皆がいつものことだから気にするなと坂本さんを放置していた。
その言葉に一瞬はそうなのかと納得したのだが、あまりにも吐き続けるので放っておけなくなり介抱した。
そこからいつの間にか私が坂本さんの介抱係みたいな役割になってしまった。
最初は人の吐いてる所を見て危うくもらいそうになったことが何回もあったけど、今や全然平気になった。慣れってすごい。
「うっ、まだ頭ぐるぐるしちょる。」
「干し梅とレモンタブレットありますよ。」
「レモンくれー。」
「はい。どうぞ。」
鬼すっぱい!とパッケージに書かれたタブレットを渡せば、ざらざらと一気に何個も口に放り込んだ。
あーあ、あれすごいすっぱいやつなのに。
案の定坂本さんはうっ、と声を詰まらせて顔をくしゃくしゃに歪めた。
「それめちゃくちゃすっぱいですから一気に食べちゃダメですって。」
「…言うん遅いぜよ。」
「言う前に坂本さんが食べたんでしょう。」
坂本さんを介抱していく内にこういう梅とかレモンとかすっぱい物を持ち歩くようになった。
昔は乗り物にあまり強くなかった私にお母さんが必ずそういうお菓子を持たせてくれていた。
それがまさか逆の立場になって役立つなんて思いもしなかったけど。
当初この船に乗った時、乗り物酔いを心配していたがなんてことはなかった。
むしろ普通の車より全然酔わないかもしれない。
「坂本さん、到着までまだ時間かありますから少し寝てて下さい。
大事な商売相手にまたゲロ吐かれたら困りますから。」
「あん時はたまたまぜよ。普段はしっかりしちょろーが。」
「え。そうでしたっけ?」
「アハハハ、冷たいき。」
いいから寝て下さい、とベッドに押しやって大人しく寝転んだのを見て一息つく。
大きく切り取られた窓辺に近寄って外を見つめた。
真っ暗な空間にぽつぽつと小さな光が点在してる。
まさか生きてる内に宇宙へ行けるとは思わなかった。
この世界では信じられない事に地球外に別の星があってそこに住む人々、天人と交流が普通に成されている。
かくいう坂本さん達の仕事もこういう世界をまたにかけた貿易業なんだけれど。
前に初めてこちらの地球に降り立った時は驚いた。
宇宙船だの家電製品だの発達してる癖に何故か人々はチョンマゲ頭や着物という格好をしているのだから。
確かに坂本さんも和風な格好をしているし。
それらの光景を見て改めて自分は違う世界にきてしまったのだと実感してしまうのだった。
ぼんやりと外を眺めていたらすうすうと背後から寝息が聞こえてきた。
振り替えれば坂本さんが大口開けて眠っていた。
あんなに気分悪かったのに嘘みたいにぱったり眠っちゃうんだもんなぁ。
少し吹き出しながら傍に寄ると布団をかけてあげた。
― 来たから戻れる。
坂本さんが言ってた言葉が頭に響く。
私はただその何の確証もない言葉を馬鹿みたいに信じきって、宝物みたいに大事にしていた。
まだ私があちらに戻れる兆候はない。
そらをおよぐ
13.9.15